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王の独白

 最近、気づけばあの日のことを思い返している。


 夕闇が迫る学園の中庭。その隅で、エリュシオンとマリアンが激しく揉み合っていた、あの日。



 エリュシオン……かつての私の婚約者。

 初めて顔を合わせた幼き日、幼心にも「こんなにも美しい令嬢がこの世にいるのか」と胸を躍らせたのを、今でも鮮明に覚えている。


 だが、成長した彼女はあまりに聡明で、そして冷たい人だった。

 常に湛えられた氷のような冷静さは、まるで私の心の浅さを見通しているようで、いつしか私は彼女の視線を避けるようになっていた。


 そんな彼女が唯一、兄のレオンといる時だけは年相応の柔らかな笑みを見せる。その光景を見るたびに、私の心は何故かひどく軋んだ。



 ローディウム王立学園に入学しても、彼女の席は常に空いていた。それは彼女の怠慢ではなく、王妃教育という仕組み上の必然だった。


 王太子の慣例である生徒会活動に対し、次期王妃は現王妃の元で直接学ぶ。そのうえ彼女はあまりに優秀だったために、学園のカリキュラムは既に修了済みであり、授業すら免除されていたのだった。



 私は、学園で仲を深めた気の置けない友人たち――ジグルド、ジン、ギルバートらと共に、生徒会活動に没頭した。充実した日々だった。

 しかしその傍らで、エリュシオンとの交流は事務的なものへと形骸化していった。



 そんな私の停滞した人生を一変させたのが、二年目に入学してきたマリアン・ボーモン伯爵令嬢だった。


 たおやかな外見に反して、彼女ははきはきと自分の意見を口にする、太陽のような女生徒だった。彼女の裏表のない明るさは、エリュシオンとの心の通わない交流に疲れ果てていた私にとって、一時の気休めとなったのだ。



 マリアンとの交流が増えるにつれ、エリュシオンから苦言を呈されるようになった。


「友人から、アレクサンダー様がマリアン様と仲睦まじげな様子だと報告を受けております。あまり誤解を招く行動はなさらない方がよろしいかと」


 エリュシオンのその目には、隠しきれない嫉妬の感情が見て取れた。

 あの感情の死んだ人形のような女が嫉妬をするとは――意外な発見に、私はどこか感動さえ覚えていた。



 さらにしばらくすると、マリアンから「エリュシオン様に虐められている」と、涙ながらの報告を受けるようになった。


 あの、エリュシオンが……。



 マリアンが虐められる原因は私にある。それはわかっていた。

 エリュシオンにとっては、生徒会という中身の見えない箱の中で行われる私たちの交流が、得体の知れない不安を与えてしまったのだろう。 

 あの冷たい仮面の下には、私への燃えたぎるような愛が潜んでいたというわけか。



 誤解は解かねばならない。そう思いつつも、公務に追われる日々のなか、彼女と向き合う時間を確保できぬまま、時は無情に過ぎていった。



 そして、あの日。


 揉み合う二人を見た瞬間、私が咄嗟にマリアンを庇ったのは、深層心理がそうさせたに違いない。


「エリュシオンには、後できつく叱っておけばいい」

「今は、泣いているマリアンを助けなければ」



 そう判断しただけだったのだ。


 あの時、私はあのように行動するべきだったのだろうか。マリアンを選んだのは、果たして正解だったのだろうか。


 そんな黒い染みはあの日からずっと、心の隅から消えてはくれない。


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