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宰相ジグルドの夢

 宰相ジグルドの執務室には、甘ったるい香りが漂っていた。彼が王妃に献上する分から掠め取って自分用に取っておいているサリュート領産の蜂蜜を、たっぷりと酒に溶かした香りだ。


 その日、ジグルドは執務机に突っ伏したまま、蜂蜜がもたらす極彩色の極楽へと堕ちていた。




 視界に広がるのは、黄金色に輝く大広間。


 耳を撫でるのは甘い弦楽器の調べと、女たちの鈴を転がすような笑い声だ。



「ジグルド様ぁ、わたしにも早く……」


 薄衣を纏った美女たちが、代わる代わるジグルドの膝に乗り、芳醇な酒をねだっている。ジグルドは女たちを引き寄せては、口に含んだ酒を流し込んでやる。


 かつて彼が権力と金でも囲えなかった高慢な女たちが彼を崇め、肌を寄せてくる。酒池肉林。これこそが、宰相として国を牛耳り、欲望のままに生きてきた自分に相応しい報酬だ。


 ジグルドは陶酔しきった顔で、女の細い腰を抱き寄せた。


「ははは! 良い、実に良い。この世の快楽はすべて私の手の中にある……」


 ふと、女たちの笑い声が遠のいた気がした。


 ジグルドが視線を向けると、色鮮やかな宴の輪から少し離れた、影の濃い柱の影に、一人の少女が立っていた。

 学園の制服を端正に着こなした、透き通るような肌の少女。


 エリュシオンだ。


 彼女は二十年前の姿のまま、表情一つ変えず、ただ静かにジグルドを見つめていた。その瞳は、熱狂に沸く宴の中でそこだけが凍りついているかのように冷ややかだった。


 ジグルドは酔いと熱に浮かされた頭で、彼女に向かって陽気に手を振った。


「おお、エリュシオンではないか……。そんな隅にいないで、お前もこっちへ来い! 美味い酒も、極上の絹も、いくらでもあるぞ。お前も今日からは、私のコレクションの一人だ!」



 あの事件に立ち会い、彼女の死に関わった罪悪感など、微塵も感じていない。むしろ、死んだ彼女さえも自分の快楽の一部であるかのような、歪な万能感に支配されていた。


 エリュシオンはゆっくりと口を開いた。だが、声は聞こえない。


「……? どうした、早く来い」


 ジグルドが立ち上がり、彼女を捕まえようと手を伸ばした瞬間。

 エリュシオンの姿が、陽炎のようにゆらりと揺れた。


 次の瞬間、彼女の背後の闇から、無数の植物の根が触手のように伸び、彼女の身体を絡め取った。彼女は表情一つ変えぬまま、闇の奥へと引きずり込まれていく。



「——待て! どこへ行く!」


 ジグルドが叫びながら駆け寄るが、指先が触れる寸前、彼女の姿は霧のように霧散した。


 残されたのは、彼女が立っていた場所にこぼれ落ちた、一枚の青い花弁だけだった。


 ふと我に返れば、宴の女たちの笑い声が止んでいた。無音の圧に耐えきれず後ろを振り向くと、女たちは両目から黒い涙を流してジグルドをじっとりと睨みつけていた。





「……はぁ、はぁっ、……ひっ!」


 ジグルドは、自分の叫び声で目を覚ました。

 執務室はしんと静まり返っている。


「……蜜が足りなかったか。ふん、忌々しい」


 彼は震える手で、机の上の盃を掴んだ。

 あの美しいエリュシオンを、自分の支配下に置く夢が見てみたい。


 彼は再び黄金色の蜜を喉へと流し込んだ。


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