結末
「ねえ、聞いた? あのマリアン様の話」
路地裏のティーサロン。剥げかけた金縁のカップを手に、紅い口紅を歪ませた貴婦人が、喜色を隠しきれない声で囁く。
「——慈愛の女神なんて名ばかり。エリュシオン公爵令嬢を殺すように仕向けたのは、あの女だったんですって。アレクサンダー陛下も、宰相も、財務長も……揃いも揃ってあの女の嘘に踊らされて、二十年も国民を騙していたなんて。まあ、汚らわしい。反吐が出るわ」
「本当よ。よくもまあ、あんなおめでたいおとぎ話なんて作れたものだわ。厚顔無恥にもほどがあるわよね」
「あ、そうだ、知ってる? ちょうど事件のすぐ後に出版された、この本。作者はペンネームを使っているけど、書いたのはマリアン様に違いないって話題になってるのよ」
「♪マドモアゼルマリー♪? ……嫌だわ、読んでるこっちの顔が赤くなるわ!マリアン様って文才には恵まれなかったのね」
「ほんとほんと。だけど、ここまで恥ずかしげもなく自分を美化して書けるのってある意味才能よね!あはは、あーおかしい」
彼女たちの笑い声は、毒々しい。街の至る所で、かつての統治者たちへの罵詈雑言が飛び交っていた。
だが、その言葉に正義感など微塵もない。
高位の人間の汚らわしいスキャンダルを暴き立て、塗り固められた「おとぎ話」を剥がして、中から出てきた膿を指差して喜ぶ——いやらしい嘲笑だ。
「——魔女はエリュシオン様じゃなく、王宮の中にいたってわけだ」
「あーんな見た目して、女ってほんと怖いよなあ!しかも財務長と王妃、デキてたらしいぞ」
「ははは、太陽の娘は身体を使って男たちの心を温めました、めでたしめでたしってか!それなら俺も混ぜてほしかったぜ」
「聞いたか?宰相と財務長の二人、公金を横領してたんだってよ。真面目な顔して、自分たちの遊びに国庫の金を湯水のごとく使っていたそうだ」
「はっ!人殺しどもが。俺たちが汗水垂らして納めた税をなんだと思ってんだ。あんな奴ら、死んで当然だな」
男たちは酒場で、国王が飛び降りた石畳にこびりついた血痕を肴に笑い転げる。
彼らにとって、高貴なる人々の死は悲劇ですらない。退屈な日常を刺激する、極上の「下衆な娯楽」に成り下がっていた。
◆
しかし、そんな狂乱も長くは続かなかった。
茶葉の在庫が底をつくにつれ、街の空気は急速に険悪さを増していく。
「もっと茶葉はないのかよ! 蔵に隠しているんだろう!」
「無いものは無いと言っているだろ! ここにあるのが最後だ。サリュート侯爵が死んじまった今、あれはもう二度と生産されないんだよ!」
商店の軒先では怒号が飛び交い、昨日まで茶飲み友達だった人々が、互いの秘密を暴き合い、罵り合う。
懐かしい人に会える甘い夢、その「安らぎの代償」は、耐え難いほどの苛立ちとなって人々に襲いかかった。
彼らが見るようになったのは、亡き人の面影ではなく、自分たちの内面に巣食う醜悪なエゴの鏡合わせだった。
王宮が崩れ、夢が枯れ、人々が泥を啜り合う——。
人間の業とは、どこまで行っても終わりのない、救いがたいものなのだ。
そしてそんな下界の醜い景色を、ただニズール山だけは、今日も静かに眺めているのだった。
終
【作者あとがき】
——親愛なる心の友、モーリスに捧ぐ L. C.
【奥付】
書名 :『断罪された公爵令嬢は、死してなお復讐を誓う 〜私を侮辱した人たちを、最凶のハッピーで満たします!〜』
著者 :L. C.
発行日 :新共和暦02年 10月
発行形態 :個人による自費出版(重版・複写推奨)
【参考文献・資料】
『聖なるニズール山の歴史』(ローディス獅子冠出版社、聖教暦341年 刊)
エリュシオン・コルトレイクによる書簡(計3通、聖教暦415年〜416年)
『真実の愛は身分差を越えて〜悪辣な公爵令嬢に命を狙われましたが、王太子と側近の皆様に守られて幸せを掴みましたわ〜』(ローディス獅子冠出版社、聖教暦416年 刊)
モーリス・フィールズ氏による実地調査報告書 No.001〜No.030(聖教暦418年)
『共和市民新聞』特集「旧暦時代の闇――亡国を招いた王家陰謀の全貌とは」(新共和暦01年 刊)
『悲劇の公爵令嬢エリュシオン――冤罪の構図と毒婦マリアンの策謀』(新共和暦01年、歴史再編委員会 編)
『ニズール山地質誌・伝承考』(地方編纂、新共和暦02年 刊)
【備考】
本書(L. C.による編纂原稿)は営利を目的としない。作中における真実の拡散を望む有志による私的な複写・配布を、著者は全面的に許可するものである。
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