夢のファーストフラッシュ
国王夫妻が揃って崩御するという、国を揺るがすあの大事件が起こる少し前のこと。
王都の平穏な日常の裏側では、ある奇妙な流行が、まるで静かな熱病のように広がりを見せていた。
それは、とある茶葉にまつわる噂だ。
◆
「……ねえ、見て! ついに手に入れたのよ!」
昼下がりの王都。お洒落なカフェのテラス席で、一人の婦人が声を弾ませながら、大切そうに抱えていた小さな銀の缶をテーブルに置いた。
「あら、まさか……それって今話題のあのお茶? いいわねえ! 私なんて馴染みの商会に何度も足を運んでお願いしているのに、全然回ってこないのよ」
「ふふふ、実はちょっとした裏技で手に入れちゃった。私のいとこが生産地のサリュート侯爵領に住んでいてね。その子の子供が通う初等科の課外授業で、運良く農園を見学したらしいの。その時にお土産としてもらった茶葉を、少しだけ分けてもらったのよ」
「まあ! わざわざ? 本当にあなたってミーハーなんだから。でも、羨ましいわ……」
友人の呆れ顔さえ、今の彼女には最高の称賛に聞こえた。
近頃、貴族から裕福な平民に至るまで、王都中の人々がこの茶葉の話題でもちきりだった。
「だって、気になるじゃない。――『この世で最も幸せな再会の夢が見られる』っていう、あの噂!」
「……ええ、わかるわ。実際、アンドレア商会の奥様は、数年前に亡くしたご両親に夢で会えたんですって。あまりに懐かしくて目が覚めた後も枕が濡れるほど泣いたそうよ」
「やっぱり! 単なる噂じゃなかったのね。それに、あのお茶を飲んでいると、お肌の調子も良くなるし、体も驚くほど軽くなるって評判じゃない?」
熱を帯びる会話。しかし、その内容は次第に、単なる嗜好品を超えた「神秘的な話」へと移っていく。
「それからね……不思議な共通点があるって知ってる? そのお茶を飲んでいる人は、みんな必ず一度は、夢の中に『ニズール山』が出てくるらしいの」
「えっニズール山? あの、聖域の?」
「そうそう!不思議な話よね……」
信仰の対象であり、古来より「神の眠る地」として畏怖されてきたという禁足地。
そんな誰も見たことのない聖域の光景がなぜ共通して夢に現れるのか。
「……なんだか、少しドキドキするわね。まるで禁断の果実みたいだわ」
「ええほんとうに。だけど、そんなに幸せな再会ができるなら、少しくらい試してみてもいいじゃない。今夜、さっそく飲んでみるわ」
「ええ!どんな夢を見たか、明日しっかり報告してちょうだいね!」
陽光が降り注ぐ平和な王都の片隅の、なんてことのない会話。




