おとぎ話の永眠
その日の朝、王都ローディウムは刺すような冬の冷気に包まれ、視界を遮るほどの深い霧が立ち込めていた。
「あ、アレクサンダー国王陛下、並びにマリアン王妃殿下が、ご崩御なされました……っ!」
重々しい弔鐘が鳴り響くよりも早く、その報せは下水道を行き交う鼠のように城内を駆け抜け、瞬く間に城下町へと伝播していった。
◆
現国王、アレクサンダー・フォン・ローディス。
三十七歳という、王として最も脂が乗った時期での早すぎる死。獅子の如き輝きを放つ金髪に、海よりも深い群青の瞳。その勇壮かつ端麗な容姿は、国民にとって誇りそのものだった。
その傍らで微笑むのは、王妃マリアン。波打つ薄灰色の髪に、春の訪れを予感させる桃色の瞳。稀少な色彩を持つ彼女は、民の間で「慈愛の女神」とまで称えられていた。
二人の睦まじい姿は数多くの絵画に収められ、その劇的な恋物語は、今やこの国で知らぬ者のいない「真実の愛」の象徴となっている。
――なかでも彼らを語る上で欠かせないのは、二十年前の「断罪劇」である。
当時十七歳だったアレクサンダー王太子の隣には、エリュシオン・コルトレイク公爵令嬢という婚約者がいた。
しかし、彼女は権力を笠に着た、傲岸不遜を絵に描いたような令嬢であった。
公爵邸の侍女たちは、彼女の気まぐれな激昂によって日常的に暴行を受け、気に入らぬ調度品はことごとく投げつけられていたという。
そんな彼女がもっとも憎んだのが、当時王太子の学園の友人であったマリアン・ボーモン伯爵令嬢だった。
アレクサンダーやエリュシオンよりも一学年下に首席で入学したマリアンは、生徒会の一員として王太子や側近たちと共に学園の運営を精力的に行なっていた。その活動の中で、アレクサンダーとマリアンは男女を超えた友情を育んだのであった。
マリアンは、そんな二人の関係を曲解したエリュシオンによって執拗な嫌がらせを受けていたのである。
そしてある日、事件が起こる。
学園の中庭、放課後の静寂の中。エリュシオンはマリアンを呼び出し、隠し持っていた刃物を突きつけ、直接その命を奪おうとしたのだ。
幸い、たまたま現場に居合わせたアレクサンダー並びに側近たちにより未遂に終わったわけだが、殺人未遂および王家への反逆とも取れる暴挙を重く見た国は、エリュシオンを即座に北方の辺境にある修道院へ追放した。
彼女は最後まで「悪いのはあの女の方だ」と見苦しく叫んでいたそうだが、聞き入れる者など誰もいなかった。
その後、贅沢に慣れきっていた彼女の体は凍てつく修道院の環境に耐えられず、高熱に浮かされながら、誰に看取られることもなく孤独に息を引き取ったという……。
悪女が消え、数多の困難を乗り越えて結ばれた国王夫妻。
彼らの治世は平和で、誰もがこの幸福が永遠に続くものと信じて疑わなかった。
◆
それゆえに、この国王夫妻の突然の訃報は国民を絶望の淵へと叩き落とした。
城下町の家々の窓には、次々と弔いの黒布が掲げられていく。人々は黒を纏い、沈痛な面持ちで、まるで光を失ったかのように霧のなかを力なく歩いていた。




