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強欲なものたち



「——エリュシオンか……。ああ、あの娘は勿体なかったなあ。アレクサンダー王太子に捨てられたら、私がいただくつもりだったのだがね」



 ジグルドは、深く腰掛けた執務室のソファから天井を見上げて、くつくつと喉を鳴らした。


 その対面ではギルバートが、琥珀色のウイスキーに、とろりとした蜂蜜を垂らしている。



「まったくです。マリアン様も業が深いお方だ。……まあ、そのおかげで我々の懐には、あの娘の命より重い金が転がり込んだわけですが」


 ギルバートは、机の上に広げた一冊の皮装丁のノートを愛おしげに撫でた。ジンから仕入れた茶葉の量を偽り、中抜きした分を裏ルートで捌くための裏帳簿だ。

 二人はこの帳簿一冊で、残りの人生を生きていくには十分な程の私腹を肥やしていた。



「あの茶葉は人を熱狂させる。そして、その狂気は金になる。だが、この蜜は価値もわからぬ下賤な者たちにやるにはもったいない」


 ギルバートはグラスを煽り、鼻を突く甘い香りを吸い込んだ。最近、二人はこの微睡みなしでは夜を越せなくなっていた。




 ——不意に、静まり返った執務室に、冷たい風が吹き抜けた。


「……ギルバート。おい、その顔、どうした」


 ジグルドの声が震えた。

 向かいに座る男の顔が、輪郭から崩れ、歪んでいる。


 肉が波打ち、脂ぎった伯爵の顔の下から、青白い、氷のように冷徹な女の顔がせり出してきた。


 翠玉の瞳が、憎悪を湛えて自分を射抜いている。


「エ……エリュシオン……!? なぜ、ここに……!」

「何を、言っている……貴様こそ、ジグルドに化けていたな……!」



 ギルバートの視界でも、ジグルドの姿は消失していた。

 そこに座っているのは、死人の色をしたエリュシオン・コルトレイクだ。



「この……、化け物が!」


 ジグルドが叫び、机上のクリスタル製のデキャンタを掴んで叩きつけた。

 ガシャアアン! と耳を裂く音が響き、ギルバートの額から血が噴き出す。


「ぐっ……! やりやがったな、この死に損ないが!」


 ギルバートは獣のような咆哮を上げ、ジグルドの喉元へ飛びかかった。

 もみ合いながら床へ転がり落ちる。


 二人の耳には、かつて自分たちが踏みにじり、使い捨ててきたものたちの、湿った笑い声が聞こえていた。


「死ね! 死ね! 土の下へ帰れ!」


 ジグルドはギルバートの顔面に指を突き立て、眼窩に親指をめり込ませた。


「がああああああ!」


 ギルバートは絶叫しながら、近くにあったカーテンのタッセルを引きちぎり、ジグルドの首に巻きつけて渾身の力で絞め上げる。


「が、はっ、あ……げ、ほっ……」


 ジグルドの顔が土色に変色していく。

 彼は必死に手を伸ばし、床に転がっていた羽ペンを掴むと、それをギルバートの首筋に何度も、何度も、狂ったように突き刺した。


「殺してやる……お前を、もう一度、殺して……!」


 ドサリ、という重い音が重なり、二人の動きが止まった。





 翌朝、扉を開けた衛兵が目にしたのは、無残に食い荒らされたような二つの死体だった。


 ジグルドは、ギルバートに首を絞められ、舌を突き出して窒息していた。

 ギルバートは、ジグルドに喉笛を羽ペンでズタズタに引き裂かれ、大量の失血により絶命していた。


 床には、真っ赤な血に染まった裏帳簿が転がっている。




 開け放たれた窓から差し込む朝日は、かつてこの国の頂点に君臨した二人の、あまりにも醜悪な、泥にまみれた最期を冷酷に照らし出していた。



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