調査資料:【エリュシオン公爵令嬢断罪事件に関する再聴取記録】3
記録番号:027
日時: 聖教暦418年 5月22日
場所: コルトレイク公爵領、某茶店
協力者: ▓▓▓▓▓▓▓▓▓(元コルトレイク公爵家、洗濯係)
【確認内容】
「エリュシオン様があのような書かれ方をされているのは納得がいきません。侍女に対する暴行だの、調度品を投げるだの、そんなの絶対にありえません。公爵夫妻は、エリュシオン様を愛しておられませんでした……だからあんなことが言えたんだと思います。私、聞いたんです。『嘘はついていない。まだ歩き始めたばかりの幼児の頃の話を言っただけだ』って、公爵が笑いながらご友人に話されているのを」
【特記事項】
エリュシオン公爵令嬢の悪評は公爵夫妻によって作られたものだった?
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記録番号:028
日時: 聖教暦418年 5月24日
場所: 対象者自宅(北方辺境区)
協力者: ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓(旧姓:▓▓▓▓▓/元コルトレイク公爵家、庭園付侍女)
【確認内容】
「あの日、深夜のことです。私は庭の作業のために外に出ていましたが、予定にない馬車が裏門から入ってくるのを見ました。馬車には王家の紋章がついていました。中から降りてきたのは、王家の遣いの方でした。公爵様が自ら出迎え、そのまま奥の書斎へ案内していかれました。当時、そのような高位の方が夜中にお見えになるという通達は、使用人には一切ありませんでした」
「お三方は、夜通し書斎に籠って話し合っておられました。会談が終わったのは、空が白み始めた頃でした。遣いの方がお帰りになった数時間後、エリュシオンお嬢様が修道院へ発たれることが急に決まりました。お嬢様はベールを深く被り、用意されていた荷馬車に乗せられ、そのままお屋敷を後にされました。最後にお顔も見れず、お別れのご挨拶もできなかったと私たち侍女は皆、悲しんでいました」
【特記事項】
証言によれば、出発時のエリュシオン令嬢に拒絶の様子は見られなかったが、周囲の警戒体制は極めて厳重であったという。
数日後、王家よりコルトレイク公爵家へ「特別補助金」名目の多額の送金が記録されている。




