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侵食

 ——気がつけばマリアンは、どことも知れぬ泥の道を歩いていた。


 空には膿のように濁った雲が低く垂れ込め、逃げ場のない湿気が肌にまとわりつく。


 どこまでも続く一本道。その両脇には、人の背丈ほどもある枯草が、風もないのにざわざわと身をよじっていた。



 一歩、足を踏み出す。


 ぐちゃり、と肉を潰すような音が足裏から響く。

 見下ろすと、そこは道ではなかった。

 無数の蒼白くふやけた人間の体が重なり合い、道を成していた。


 だが、マリアンは叫ぶこともできない。喉の奥に、腐った土の塊が詰まっているかのように、音が出ないのだ。


 ふと、前方から「音」が聞こえてきた。

 ずず、ずず、と重い何かを引きずる音。



 霧の向こうから現れたのは、頭から血を流す女の影だった。


 女は泥と血にまみれた長い髪を引きずりながら、ひた、ひた、と這うように近づいてくる。

 マリアンは後退りしようとした。


 だがその時、彼女自身の「影」が、泥の中からむっくりと起き上がった。


 影には顔がない。ただ、のっぺりとした闇の中に、マリアンのものと同じ、豪奢な王妃の冠だけが鈍く光っている。


 影はマリアンに手を伸ばし、どん、と突き飛ばした。


 マリアンは後ろ向きに倒れ、腐った肉の溜池に沈み込んで落ちていく。


(……ああ、あ……)


 声にならない悲鳴が、暗闇に吸い込まれる。



 視界の端で、逆さまの女が彼女の耳元まで這い寄ってきた。

 女は口を大きく裂き、ひたり、と濡れた舌でマリアンの頬を舐めた。









「……っ!!」


 衝撃と共に、マリアンは覚醒した。


 王妃の寝室には、しんと静まり返った闇だけが横たわっている。

 窓から差し込む月光は、まるで葬儀の供花を照らすように青白く冷たかった。


「……ゆめ、夢だわ。……ただの、嫌な夢」



 マリアンは震える手で寝巻きの胸元を寛げ、鏡に向かった。

 そこには王妃として磨き抜かれた、美しいマリアンの姿がある。



 しばらく鏡の中の自分と見つめ合っていた——が、ふと、にわかに鏡の中の彼女が音もなく口を開き始めた。 


 その口内は泥で溢れかえり、その奥から不気味な草の根が突き出していた。



「……あ、あ、ああああああ……!」


 マリアンは、己の頬を爪が食い込むほどに強く掻き毟った。



 ——もう一度目を開けた時には、大量の汗でびっしょりと濡れたマリアンの顔が映るばかりだった。


(ああ、早くあの、甘い蜂蜜を食べなくちゃ……)


 彼女はサイドテーブルに置かれた小瓶に、震える手を伸ばした。



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