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悪役令嬢の兄

 隣国での短期留学中だったレオン・コルトレイクの元に、妹の訃報が届いたのは、春の足音が聞こえ始めた風の強い朝だった。


 レオンは一切の身支度を放り出し、狂ったように馬を飛ばして王都へと戻った。


 だが、数ヵ月ぶりに足を踏み入れたコルトレイク公爵邸には、悲劇に見舞われた家が纏うべき悲痛な空気など、微塵も存在しなかった。



「……エリュシオンが、死んだというのは、本当なのですか」


 埃一つない広間で、父と母は優雅に茶を嗜んでいた。その光景に、レオンは言いようのない吐き気を覚えた。


「ああ、レオンか。予定より早い帰宅だな。エリュシオンのことなら……残念だがもう済んだことだ。王家に対して不敬を働いた以上、我が家としてはこれ以上の関わりは持たぬ。幸い、王家の寛大な慈悲により一族郎党の罪を問うことはないとおっしゃって下さった」


 父は新聞から目を離すことすらなく、事務的に言い放った。


 元々、この両親は子供という存在に興味がなかった。彼らにとってのエリュシオンやレオンは、公爵家の血筋を繋ぐための駒であり、王家に結びつきを強くするための道具に過ぎなかったのだ。


「『済んだこと』……? 調度品が壊れたとでも言うような言い草だ。お父様、お母様、エリュシーはあなたの娘だ! なぜそんな顔ができる!」


 レオンの叫びにも、母はただ扇で口元を隠し、退屈そうに視線を逸らした。


「そんなに取り乱して、みっともないわね。あの子は失敗したのよ。王妃になるという役割を果たせず、泥を塗った。それだけのことでしょう。それよりも、貴方はエリュシオンの分までこれまで以上に王家に尽くさねばならないのですよ。帰国後は領地経営をしっかり学び、跡継ぎとして……」


 その瞬間、レオンの中で何かが音を立てて崩れ去った。



 エリュシオンとレオン。冷え切ったこの屋敷で、二人は互いだけを信じて生きてきた。

 親の愛を知らぬ代わりに、二人は誰よりも強く手を握り合ってきたのだ。


 人前では決して隙を見せないエリュシオンが、レオンと二人きりの時だけに見せた、あの幼く、はにかんだような微笑み。


『お兄様、私、お兄様だけがいればそれでいいの』


 そう言って、庭で摘んだ不格好な花をレオンの机に飾ってくれた、あの小さな背中。



「……あんなにも優しく賢い子が、どうして……。お前たちが守ってやらないからだ! お前たちが彼女を一人にしたからだ!」



 レオンはせめてきちんと弔ってやりたくて、亡骸や遺品だけでも返してくれないかと、独りあちこちに交渉に赴いた。


 だが、後ろ盾のない若者の意見は、冷酷な現実という壁にはじき返された。


 事件当時の学園、現場に居合わせた王太子の側近たち。王都周辺だけでなく、北方の修道院やサリュート侯爵の領地まで足を運んだ。


 しかし、皆揃って首を振るのみだった。

 

 そしていつものように一日を無駄足で終えたある夜——路地裏で顔を隠した者たちに襲われ、あわや命を落としかけるまでの暴行を受けたのだった。



「……エリュシー、君は一人で戦っていたのか?刃を手に取るほど、心がすでに限界だったのか……?」


 これ以上は自らの死を招くだけだと悟ったレオンは、血を吐くような思いで拳を握りしめた。


「すまない……、エリュシー……。今の私には、何もできない……」


 再び隣国へ渡る馬車の中で、レオンは妹が最後に贈ってくれた押し花を抱きしめ、声を殺して泣いた。




 両親に見捨てられ、ひっそりと亡き者にされた妹。


 その無念を晴らす力を蓄えるまで、今は泥水を啜ってでも生き延びる。

 レオンの漆黒の瞳には、すべてを焼き尽くすような怒りと、終わりのない哀しみが宿っていた。



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