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財務長ギルバートの夢

 財務長として敏腕を振るう男、ギルバート伯爵は、帳簿の数字と金貨の音に安らぎを見出す男だった。


 あのエリュシオン公爵令嬢の悲劇も、彼にとっては帳尻の合った過去の記録の一つに過ぎない。



 サリュート侯爵から手に入れた例の蜂蜜を、たっぷりと匙に取り口へと運ぶ。ギルバートは心地よい微睡みの中で、自身の欲望が形を成す至福の夢へと堕ちていった。






 視界に広がるのは、目も眩むような「黄金の海」だ。


 ギルバートは、国の総資産を上回るほどの金貨の山の上に座り、その重みと冷たさを全身で堪能していた。


「ははは……! これだ、これこそが真理だ。家柄が何だ。王家、公爵、侯爵、それがどうした!」


 夢の中の彼は、自身よりも上位の貴族たちを自らの足元に跪かせていた。

 鼻持ちならない高慢な連中が、今は惨めな身なりで、ギルバートが気まぐれに投げる金貨を必死に奪い合っている。この支配感。この優越感。これこそが彼が求めていた光景だった。


 傍らには、薄い絹を纏ったマリアンが跪き、彼の足を熱烈に舐めるように口づけている。

 彼女は国王の名を呼ぶことなどなく、ただ「ギルバート様」と、甘い喘ぎ声を漏らしていた。


 すべてが完璧だった。


 ふと、金貨の山のふもとに、静かに佇む影を見つけた。エリュシオンだ。


 彼女は生前と同じ、凛とした、人を寄せ付けぬほどに高貴な美しさを湛えて立っていた。あの時と変わらぬ、あまりにも汚れなき姿。


 ギルバートは、その生来の気品に激しい劣等感を覚えた。


「おい、エリュシオン! 見ろ、この金貨を! 惨めにくたばったお前とは大違いだ。公爵令嬢ともあろうお前が、そんな影のような姿で……。ククッ、いい気味だ。お前もこの黄金が欲しいか?」


 ギルバートは嘲笑しながら、手近な金貨をひと掴みし、彼女の足元へ投げつけた。

 金貨は美しい放物線を描き、カラン、という軽やかな音を立てて彼女の足元に転がった。



 一瞬、その金貨が、ただの石ころに見えた気がした。


「……?気のせいか」


 ギルバートが目を細めて見直すと、そこにはやはり眩い金貨が落ちているだけだった。

 エリュシオンは何も言わず、ただ静かに彼を見上げている。その瞳に映る自分は、黄金の山に君臨する王そのものだ。


「ははは、そうだ。お前もここで、私の栄華を永遠に眺めているがいい」


 支配の愉悦。マリアンの柔らかな肌の感触。喉を潤す甘い蜜の味。


 すべてが甘美で、すべてが彼の思い通りだった。







「……ふぅ、……。ああ、素晴らしい」


 ギルバートは、自身の満足げな吐息とともに目を覚ました。


 執務室には、まだ蜂蜜の甘い残香が漂っている。

 鏡に映る自分の顔は、欲望を満たされた男の悦びに満ちていた。


「金だ……。もっとあの蜜を。あれがあれば、私はどこまでも高く行ける」


 彼は震える手で、空になった瓶に指を突っ込み、こびりついた蜜を執拗に舐めとった。



「エリュシオン……。死んでくれて、本当に良かった。お前が死んだおかげで、私はこの世の春を謳歌できるのだからな」


 彼は品性下劣な笑みを浮かべ、次の一瓶を求めて、サリュート侯爵への手紙を書き始めた。




 その背後で、窓の外から吹き込んだ風が、一瞬だけ淡い青い花の香りを運んできたことなど、彼は気づきもしなかった。


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