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38cs 「誤送信」
送信音は、思っていたより軽かった。
指が画面から離れ、わずかな間が空く。
その一瞬で、世界は何も変わらなかった。
電車は走っているし、天気予報は外れているし、知らない誰かは今日も知らない誰かのままだ。
画面を見る。
送信済み。
取り消し不可。
一行の文字が、妙に整ってそこにある。
誤字もない。
感情だけが、完全に間違っている。
「あ……」
声は出たが、意味は伴っていなかった。
慌てて画面を伏せる。
もう一度見る。
やっぱりある。
心臓が一拍、遅れる。
次の拍動がやけに大きい。
なんでこれを。
なんで今。
なんでこの人に。
言葉は頭の中で渋滞するのに、指は何もできない。
訂正も、説明も、冗談への変換も、どれも一歩遅い。
世界は静かだ。
うるさいのは、自分だけ。
「……終わった」
思ったより小さな声だった。
誰にも聞かれない声だった。
通知は鳴らない。
それが余計に怖い。
返事が来ても地獄、来なくても地獄。
可能性だけが、無限に広がる。
そっとスマホをポケットに入れる。
「ふぅー」
「あぁ~~~」
うぎゃぁぁああああああああああああぁぁぁぁ……。
世界を置いて、走り出した。




