36cs 「終電(内回り)」
京橋、ポッポッパッポ〜♪
ドアが開く。数人が降り、数人が乗ってくる。
サラリーマンは書類を握り直し、肩を落としたまま座る。
隣の人がくすりと笑い、短く「お疲れ」とつぶやく。
窓の外の街灯がゆらり、車内は静かに呼吸している。
大阪、ヤッパ、スキヤネン〜♪
ドアが開く。数人が降り、数人が乗ってくる。
学生がノートをめくり、鉛筆を立て直す。
「…できた」と小さく漏れる声。
窓の外をぼんやり眺め、肩をすくめる。
イヤホンの音が疲れた車内に溶け、空気は重い。
西九条、パラララ〜♪パラララ〜♪
ドアが開く。数人が降り、数人が乗ってくる。
カップルは肩を寄せ、ひそひそ話して笑い、声はすぐ消える。
酔っぱらいが背もたれに沈み、少し寝息を立てる。
通路の荷物がカツンと転がる。誰も気にしない。
芦屋橋、ドドドン♪ドン!ドン!
ドアが開く。数人が降り、数人が乗ってくる。
足音が床を打つ。荷物が落ちる。
誰かが小さく「ふぅ」と吐き、視線をさまよわせる。
目の端で黒い影が動くが、振り返れば誰もいない。
疲れと静寂が、みんなの肩を押す。
新今宮、テ~レッテ、テ~テレレ~♪
ドアが開く。数人が降り、数人が乗ってくる。
ほとんどの乗客が目を閉じ、体を沈める。
指先が鞄を撫で、小さくため息。
連結部分が揺れ、光が低くなる。
息づかいだけが、夜の車両に溶ける。
天王寺、アノ〜カネ〜オ〜〜♪
ドアが開く。数人が降り、数人が乗ってくる。
歩き出す足音が遠く消え、車両だけが残る。
車庫の照明がチカチカ明滅し、ゆっくり消える。
静寂のなか、かすかに「はぁっ…」と息が漏れる……誰もいないはずの座席の端から。




