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10cs 「通勤電車」
電車が近づくベルが鳴る。
田中は人の波に押されながら、肩やカバンを避けてホームを進む。足元は自由に動かず、つま先が誰かの靴に当たる。
胸が圧迫され、背中から力が伝わる。カバンを体に沿わせ、小さな隙間を探すしかない。
ドアが開く。
体が前に傾き、肩が触れ、手荷物がぶつかる。
声は出さず、頭の中で「すみません」と繰り返す。
眉がわずかに動く。
視線が一瞬だけ合い、すぐに外れる。
誰も何も言わない。
ドアが閉まる寸前、駅員が手を上げる。
「駆け込み乗車はやめてください!」
車内。
新聞を折り畳んだまま読むおじさんの肘が当たり、学生のイヤホンが揺れる。
スマホを見つめたままのOLは、最初からこちらを見ていない。
息を整える。
肩の力を抜く。
いつもの顔、いつもの距離、いつもの揺れ。
何か起きないかな、と一瞬だけ思う。
でも、電車はそのまま走る。
今日も、何も起こらない。




