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忌み嫌われた右腕が、誰かの希望になるまで。 ~正体を隠した半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零


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第8話 右腕の解放

 

 スカブと衛兵の一団が去った後の店内は、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 ひっくり返った椅子、床にぶちまけられた料理、そして充満する酒の匂いと割れたグラスの破片。  

 嵐が過ぎ去った後のような無残な惨状の中、残されたのは僕たち三人と、カウンターの奥で青ざめたままこちらの様子を窺う店主だけだった。


 店主は何か言いたげに口を震わせていたが、師匠が放つ凍りつくような威圧感に、抗うことすらできず立ち尽くしている。


 そんな重苦しい空気の中で、師匠が短く息を吐き、静かに口を開いた。


「――すぐにこの街を出る」  


 あの衛兵隊長スカブの、獲物を舐り回すような粘着質な視線。  

 あれは決して、金貨で諦めるような目ではなかったからだ。


「同感だね。あいつ、さっきの金貨で満足するようなタマじゃない。  朝を待ってたら、宿ごと囲まれて『魔族容疑』で一巻の終わりさ」


 ミレイユさんも肩をすくめ、賛同する。


 こうして僕たちは、休息をとることもなく、深夜の城塞都市バルディアを駆けることになった。  




 月明かりすらない漆黒の闇の中、足音を殺して路地裏を走る。  


 目指すは南門。

 そこさえ抜ければ、深い森へと逃げ込めるはずだ。


「……嫌な予感がするねぇ」  


 背後を走るミレイユさんが、大剣の柄に手をかけたまま低く呟く。


「ああ。道中に夜警が一人もおらん。……不自然じゃな。『待ち伏せ』しておるのかもしれん」


 師匠の言葉に、僕の背筋が凍る。  


 さっきのスカブ隊長の、あの粘着質な視線が脳裏に焼き付いて離れない。


(頼む、あと少しだ……。このまま門を抜けさせてくれ……!)


 そんな僕の祈りは、最悪の形で裏切られた。  



 巨大な南門の前にたどり着いた僕たちを待っていたのは、煌々と燃え盛る無数の松明の明かりと――行く手を塞ぐように半円形に展開した、数十人の武装兵たちだった。


「よう。夜逃げとは感心しねぇな、旅人さん?」


 兵士たちの中心から、スカブ隊長がニタニタと笑いながら歩み出てくる。  


「へっ……この南門を選ぶあたり、やっぱり俺の睨んだ通りだ」


 スカブは鼻をヒクつかせ、獲物を前に舌なめずりをした。


「お前ら、やっぱりただの旅人じゃねぇな?なんか臭うんだよなぁ……金を持ってるくせにコソコソしてる、犯罪者の臭いがよぉ」 


「……言いがかりだ」


「カカッ、どうだかなぁ。わざわざ魔物の出る森へ逃げようってんだからよ。ま、事実はどうでもいい。この街じゃあ『疑わしきは殺せ』がルールだ。安心しな、死体になったらその懐の『金』と『剣』は、俺様がいいように使ってやるからよォ!」


「ちっ、どこまでも欲深いハイエナだねぇ……!」  


 ミレイユさんが舌打ちし、師匠が腰の剣に手をかける。


 戦うしかないのか?  


 でも、ここで人間を相手に剣を抜けば、僕たちは本当に犯罪者になってしまう。  

 僕が迷っていると、スカブが嗜虐的な笑みを浮かべて指を鳴らした。


「抵抗するならそれでもいいぞ。『魔族の協力者』として、ここで処刑する口実ができるからな! ……やっちまえ!」


 スカブが腕を振り下ろす。  


 それが、処刑の合図だった。  


 城壁の上に潜んでいた弓兵たちが一斉に立ち上がり、弦を引き絞る音が響く。


「なっ……伏兵か!?」


「アレン、下がりなッ!」


 ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!  


 風を切り裂く音と共に、雨のような矢が僕たちに降り注ぐ。  

 避ける場所などない、絶体絶命の包囲射撃。  


 だが――僕の目の前には、頼れる二人の背中があった。


「オラァッ!!」


 ミレイユさんが裂帛れっぱくの気合いと共に前に飛び出す。  

 振るわれたのは、身の丈ほどもある巨大な鉄塊――大剣だ。  


 ブォンッ!!  


 彼女がその豪腕で大剣を風車のように旋回させると、凄まじい暴風が巻き起こった。  

 それは物理的な「防壁」となって、降り注ぐ矢の雨をなぎ払い、バラバラに叩き落としていく。


「へっ、この程度かい! 止まって見えるよ!」



 一方、師匠の動きは静寂そのものだった。


「……ふん」


 短く鼻を鳴らすと同時に、腰の剣を抜刀。  

 その切っ先が銀色の閃光と化す。  


 ヒュン、ヒュン、ヒュン――キンッ、キンッ、キキキンッ!  


 目にも止まらぬ神速の精密斬撃。  

 僕に向かって飛んできた矢は、すべて空中で真っ二つに両断され、無力な木片となって地面に落ちた。  


 極限まで研ぎ澄まされた、純粋な剣技による「鉄壁」。



(す、すごい……! 二人とも!)


 達人二人の妙技によって、鉄壁の守りが完成したかに見えた。  


 だが――敵は、息つく暇さえ与えてはくれなかった。


「間髪入れるな! 第2射、放てェ!!」


 スカブの無慈悲な号令。  

 ミレイユさんが大技を振るった直後。

 防御を終えて体勢を立て直そうとした、その一瞬の隙。  

 そこを狙い澄ましたかのように、再び空を埋め尽くす矢が放たれた。


「チッ、しつこいねぇ……ぐっ!?」


 鈍い音が響いた。  

 わずかな隙を縫って、ミレイユさんの肩に一本の矢が深々と突き刺さる。  

 鮮血が舞い、彼女の苦痛に歪んだ顔が松明に照らされた。


「ミレイユさんッ!!」


「平気だよ、かすり傷……だッ!」


 彼女は強がって笑って見せたが、傷口からはボタボタと血が滴り落ちている。  



 それを見た瞬間。  



 僕の頭の中で、張り詰めていた何かがまた「プツン」と切れた。


(あいつら……ミレイユさんを……傷つけた……?僕を、守ったから……?)



 ドクン!!  



 心臓が、肋骨を内側から叩くように激しく脈打ち、全身の血液が沸騰したように熱くなる。


 ――いや、違う。  熱いのは、僕じゃない。


 右腕だ。


(許さない。許さない……!僕の目の前で、これ以上……誰も傷つけさせはしないッ!!!)


 包帯の下で、右腕が心臓以上の早鐘を打つ。

「許さない」「壊せ」「喰らい尽くせ」  

 右腕がどす黒い感情を濁流のように僕の中へ流し込んでくる。  

 視界が赤く染まり、思考が怒りで塗り潰されていく。


「……どけ」


 無意識に、そんな言葉が漏れていた。  


 それは自分の声であって、自分のものではないような――地の底から響く、冷え切った声だった。  


 僕は背中に手を回し、『黒鋼の剣』の柄を強く握りしめた。  

 瞬間、右腕から溢れ出した魔力が、マグマのような赤黒い稲妻となって剣へと流れ込んだ。  

 灼熱の力が柄を通して刀身へと伝播し、頑丈さが売りのはずの黒鋼が、僕の力に呼応して、ミシミシと悲鳴を上げるように震え始めた。


「へっ、なんだそりゃ? 光る剣なんて大道芸……」


 スカブの軽口が、途中で凍りついた。  


 ただならぬ熱気。

 鼓膜を震わす剣の悲鳴。  

 本能的な恐怖が、彼の喉を締め上げたのだ。


「ひ……ッ!? う、撃て! 今すぐ撃ち殺せェ!!」


 スカブが裏返った声で絶叫した、その時だった。


「そこを、どけェェェェェッ!!!」


 僕は絶叫と共に、黒鋼を横薙ぎに一閃した。  


 狙うは兵士たちではない。  

 僕たちの行く手を阻む、あの忌々しい巨大な「城門」だ。



 ズドォォォォォォォォォォンッ!!!!



 空間そのものが悲鳴を上げたかのような轟音。  

 剣から放たれた赤黒い衝撃波が、一直線に城門へと突き刺さる。  

 迫りくる矢の雨は衝撃で消し飛び、分厚い鉄の城門が、まるで紙切れのように内側から弾け飛んだ。


「う、うわぁぁぁぁっ!!」


 凄まじい衝撃波が、城壁の上を薙ぎ払った。  

 弓兵たちは悲鳴を上げ、まるで暴風に煽られた枯れ葉のように、次々と地面に叩きつけられる。  

 門の前にいた兵士たちに至っては、抵抗する間もなく宙を舞い、何メートルも後方へ弾き飛ばされた。


 砂煙が晴れた後には、ぽっかりと口を開けた巨大な風穴だけが残されていた。  

 鉄の扉は跡形もなく消え失せている。  


「ひ、ひぃッ……!?」


 奇跡的に風圧に耐えたスカブが、本来そこにあるはずの城門が消え去った「虚無」を見上げ、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。


「う、嘘だろ……? あの門は、オーガの突進ですら破れなかった『鉄壁』だぞ……!?」


 夜空が丸見えになった城門の跡を、彼は白目を剥きかけながら見つめ、ガタガタと歯を鳴らしていた。


「ば、化け……物……」


 僕はハッとして、自分の手を見た。  


 黒鋼の剣からは、まだどす黒い煙が立ち上っている。  


 右腕の包帯は焼け焦げ、隙間から禍々しい黒い鱗が覗いていた。

  指は一回り太く変形し、その先端からは、焼け残った包帯を突き破って、ナイフのように鋭い鉤爪が伸びている。


(……やって、しまった……)


 あまりの力に、自分自身への恐怖で震えが止まらない。  


 その僕の異形を目の当たりにした瞬間、スカブの顔から血の気が完全に失せた。  

 彼は泥を啜るように後ずさり、地面を這いずる。


「ひ、ひぃぃ……っ!? あ、あいつ……あいつは人間じゃねぇ……!」


 スカブは喉をかき毟るような、裏返った声で絶叫した。


「化け物だ! 人の皮を被った、悪魔だ……ッ! 殺せっ! 誰でもいい、今すぐ殺せっ! 殺せぇぇぇぇぇ!!」


 その呪詛のような叫び声に、僕は心臓を直接掴まれたような衝撃を受けた。  


 だがその時、ガシッと強い力で腕を引かれた。


「アレン! 呆けてんじゃないよ!」


「ミ、ミレイユさん……でも、傷が……」


「これくらいツバつけときゃ治る! それより走るよ! 今の騒ぎで増援が来る!」


 ミレイユさんは怪我を感じさせない力強さで、僕の手を引いた。  


 師匠も厳しい顔で頷き、僕の背中を押す。


「行くぞアレン。……その力については、後でじっくり話をしよう」


 僕たちは、瓦礫の山と化した「元・城門」を駆け抜け、外の世界へと飛び出した。  


 背後には、腰を抜かしたまま「殺せ」と狂ったように叫び続けるスカブの絶叫だけが、遠く、遠く響いていた。



 バルディアの夜に響くその叫び声。  



 その絶叫を背に、僕たちは闇へと消える。  




 果てしない『逃亡の旅』が――今、幕を開けたのだ。



最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m

ついに、アレンが右腕を解放する時がきました! ここからあと数話で、ガルド師匠の過去、ミレイユさんの真相、そしてアレンの出生に隠された真実がすべて明らかになっていきます。

毎日更新中ですので、「続きが気になる!」「面白くなってきた」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや評価をいただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします( ´艸`)

これからちょこちょこ後書きに現れると思いますので、ここまで読んでいただいてる方も初めましての方も、どうぞよろしくお願いします('ω')

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