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忌み嫌われた右腕が、誰かの希望になるまで。 ~正体を隠した半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零


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第6話 路地裏の洗礼

 

「ふふ〜ん♪ 今日はエールとワイン、どっちから攻めようかねぇ」


 上機嫌で鼻歌を歌うミレイユさんの後ろを、僕と師匠は並んで歩いていた。  

 日は完全に落ち、通りには魔導灯まどうとうの淡い光が灯り始めている。


「……こやつ、本当にどこまでもついてくる気か。口止め料までくれてやったというのに」


「ま、まぁまぁ師匠。せっかく助けてもらったんですし……」


「そういう問題ではない! 危機管理の問題じゃ!」


 師匠は声を荒げ、前を行くミレイユさんの背中を睨みつけた。


「あのような食えん女を、いつまでも懐に入れておくなど正気の沙汰ではない! 万が一、気が変わって密告でもされたらどうするつもりじゃ!」


 ブツブツと文句を言う師匠をなだめつつ、僕は背中に手を回し、新しい剣の柄を撫でた。


 ずっしりとした重み。  

 普通の人間なら歩くだけで体力を消耗するような(はがね)の塊だが、今の僕には、それが逆に心地よい「重し」になっていた。  

 右腕が暴れ出さないよう、精神的にも押さえつけてくれている気がするのだ。


「――おっと」


 先頭を歩いていたミレイユさんが、ふいに足を止めた。  

 僕たちが入り込んだのは、大通りから一本外れた薄暗い路地だ。

 宿への近道のつもりだったが、どうやら失敗だったらしい。


 前方から、ガラの悪そうな男たちが五人ほど、道を塞ぐように現れたのだ。  

 振り返ると、背後からも三人。  


 完全に挟み撃ちだ。


「……なんだい、アンタら。アタシらに何か用か?」


 ミレイユさんが低い声で尋ねる。  

 男たちの一人、リーダー格らしい坊主頭の男が、ニタニタと笑いながら歩み出てきた。


「よう、姉ちゃん。景気よさそうじゃねぇか。さっき武器屋の前で、ジジイから金貨がたっぷり入った袋を受け取ってるのを見ちまってなぁ」


「通行料を払ってもらおうか。このバルディアの夜道を安全に歩くための『護衛料』だ」


 なるほど、ただの強盗か。  

 僕はホッと息を吐いた。  


 てっきり「魔族狩り」かと思って心臓が止まりかけたけれど、金目当てなら、まだマシだ。


「……だ、そうだよ爺さん。どうする?」


「ふん、下らん」


 師匠は鼻で笑うと、興味なさそうに僕を見た。


「アレン。お前は前の五人をやれ」


「えっ、僕が?」


「新しい剣の試し斬りには丁度いい相手じゃろう。……後ろの三人は、そこの傭兵に任せておけばいい」


 師匠に指名され、ミレイユさんが「ああん?」と眉をひそめた。


「人使いが荒いねぇ爺さん! ……ま、頂いた分の働きは見せてやるよ」


 ミレイユさんが楽しそうに背中の大剣に手をかける。  


 僕は安心して、前方の敵に向き直った。


「手加減はしてやれよ?」


「は、はい」


 師匠の指示に、僕は一歩前に出る。  


 それを見た男たちが、ドッと笑い声を上げた。


「ギャハハ! おい見ろよ、こんな細っこいガキが出てきやがった!」


「おいボウヤ、怪我しないうちにママの元へ帰りな!」


 嘲笑を浴びながら、僕は静かに黒鋼の剣を抜いた。


 ズオォッ……。


 抜刀と同時に、重い音が空気を震わせる。  


 男たちの笑い声が、少しだけ止まった。


「あ? なんだその剣……真っ黒で、手入れもしてねぇすすけたナマクラじゃねぇか」


「舐めやがって……。おい、やってしまえ!」


 リーダーの合図で、手下の二人がナイフを構えて飛びかかってきた。  


 速い。  


 でも――師匠のしごきに比べれば、止まって見える。


(――見切れる!)


 僕は冷静に相手の動きを見た。  

 右の男がナイフを突きを出してくる。  

 僕は剣を盾のように構え、その切っ先を受け止めた。


 キィンッ!


「なっ!?」


 軽い金属音がして、男のナイフが弾かれる。  

 黒鋼の剣は、傷ひとつついていない。  

 その隙に、僕は剣の腹で男の肩を軽く小突いた。  


 あくまで「軽く」だ。


 ドゴォッ!


「ぐべぇッ!?」


 鈍い音が響き、男の体が路地の壁まで吹き飛んだ。  

 壁に激突し、白目を剥いて崩れ落ちる。


「は……?」


 もう一人の男が、呆然と足を止めた。  

 軽く押しただけに見えたはずだ。

 なのに、大男がピンボールのように吹き飛んだのだから無理もない。


(……すごい。力が、ちゃんと伝わる)


 今までの剣なら、こんな乱暴な使い方をしたら一発で折れていただろう。  

 でも、この黒鋼の剣は違う。  

 僕の力を余さず受け止め、威力に変えてくれる。


「こ、このガキ……ッ! 囲んで叩き殺せ!」


 リーダーが叫び、残りの男たちが一斉に襲いかかってくる。  

 ナイフ、剣、棍棒、鉄パイプ。  

 四方八方からの攻撃。


「アレン、右じゃ!」


「わかってる!」


 師匠の声に反応し、僕は体を回転させる。  

 遠心力を乗せた黒鋼の剣を一閃。


 ゴォォォォンッ!!


 それは剣撃というより、暴風だった。  

 横薙ぎに振るわれた黒鋼の刃が、男たちの武器をまとめて粉砕した。  

 剣が折れ、棍棒が砕け散る。  

 その衝撃波だけで、男たちは数メートル後ろへ転がっていった。


「ヒッ、ヒィィッ!?」


「な、なんだよコイツ! 化け物かよ!?」


 尻餅をついた男たちが、恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。  


「ふぁ〜あ。準備運動にもなりゃしない」


 背後から、呆れたような声が聞こえた。  


 振り返ると、後ろを塞いでいた三人の男たちも、既に地面でピクリとも動かなくなっていた。  

 ミレイユさんがさやに入ったままの大剣を肩に担ぎ、つまらなそうにあくびをしている。  

 いつの間に倒したのか、音さえ聞こえなかった。


「……もう、しないなら見逃します。行ってください」


 僕が静かに告げると、男たちは「お、覚えてやがれ!」と捨て台詞を吐き、傷ついた仲間を引きずって蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。


 路地に静寂が戻る。


「ふぅ……」


 緊張が解けて、僕は息を吐いた。  


 すると、パチパチパチ、と乾いた拍手の音が聞こえた。


「いやぁ、驚いた。こんな『分厚い鉄の剣』を、こうも軽々と扱ってみせるとはねぇ」


 ミレイユさんが目を丸くして感心している。


「見た目通りの『か弱いボウヤ』じゃなかったってわけだ。……うんうん、やっぱりアタシの目に狂いはなかったよ!」


「ちょ、ちょっとミレイユさん、痛いです!」


 彼女は嬉しそうに僕の頭をガシガシと撫で回した。  

 師匠も、腕組みをしたまま小さく頷いている。


「ま、今の相手ならその程度で十分じゃろう。だが調子に乗るなよ。所詮はゴロツキ、剣筋も何もあったもんじゃない」


「はい、師匠」


「……それにしても、いい剣を手に入れたな」


 師匠がボソッと呟く。  

 その言葉には、単なる道具への称賛以上の意味が込められている気がした。  


 僕も強く頷き返す。  

 この剣なら、僕の全力を受け止めてくれる。


「……まったく、無駄な時間を食った。さっさと宿へ行くぞ」


「賛成! 喉が渇いて干からびちまうよ!」


 僕たちは再び歩き出した。  


 初めての実戦。新しい相棒の手応え。  

 僕は少しだけ強くなれたような気がして、足取り軽く師匠たちの背中を追った。




 ――しかし。  逃げていった男たちの行方を、僕たちは確認していなかった。


 路地の奥。  

 逃げ帰った男の一人が、血相を変えてある場所へと駆け込んでいた。  

 この街の治安を守るはずの、「衛兵詰め所」。  

 その一番奥にある、隊長執務室へだ。


「だ、旦那ァッ!! た、大変です!!」


 男が転がり込むように入ってくると、執務机に足を乗せてワインを煽っていた男――衛兵隊長スカブが、不機嫌そうに眉をひそめた。  


 その手には、通行人から巻き上げたと思わしき小銭袋が握られている。


「……チッ。ノックもしねぇで入ってくるなと教えたはずだが?」


「そ、それどころじゃねぇんです! やられやした!」


「ああん? やられただと?」


 スカブは椅子を乱暴に鳴らして立ち上がると、男の胸倉を掴み上げた。


「……ってことは、手ぶらで帰ってきたのか?」


「えっ……」


「俺のシマで商売させてやってるのに、上納金もなしか? ……えぇ?」


「ち、違うんです! 獲物がとんでもねぇ化け物で……! ガキのくせに、俺たちをゴミみたいに吹き飛ばしやがって……! あいつら、きっと『魔族』か何かに違いありません!」


「……魔族だと? 馬鹿かお前は。そんなもんが堂々と街を歩いてるわけねぇだろ」


 スカブは呆れたように男を突き放した。  

 しかし、男が必死に続ける言葉を聞いて、その目がピクリと動く。


「ほ、本当なんです! それに、あいつら金貨が詰まった袋を持ってました! 剣だって、見たことねぇ真っ黒なヤツで……」


「……ほう。金に、珍しい剣か」


 スカブはニヤリと口角を歪めた。  


 獲物を狙うハイエナのような、卑しい笑みだ。


「なるほどな。……よし、わかった。そいつらは『魔族』だ」


「え?」


「魔族の協力者、あるいは人間に化けた魔族そのものだ。間違いない。俺がそう判断した」


「だ、旦那……?」


「事実はどうでもいいんだよ。『魔族』ということにすりゃあ、問答無用で処刑できる。……死体から金を奪っても、誰からも文句は言われねぇ」


 スカブは机の上のベルを鳴らし、部下たちを招集した。  


 その瞳には、市民を守る使命感など欠片もない。  

 あるのは、自身の欲望を満たすための、ドス黒い悪意だけだった。



「総員、武装しろ! 街に紛れ込んだ『危険な魔族』を狩りに行くぞ!」





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