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忌み嫌われた右腕が、誰かの希望になるまで。 ~正体を隠した半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零


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第4話 城塞都市バルディア

 

 ミレイユさんが(勝手に)仲間に加わってから、僕たちの旅は一気に騒がしくなった。


「うめぇ! やっぱ昼間っから飲むエールは最高だねぇ!」


「……貴様、また飲んでおるのか。アレンの大事な修行の旅だぞ」


「堅いこと言うなよ爺さん。酒は燃料だ、燃料。……ほら、坊主も一口どうだい?」


 ミレイユさんが、飲みかけの瓶を僕の目の前に突き出した。  

 ツン、と鼻をつくアルコールの匂い。


「えっ、僕も……?」


「男ならグイッといきな! 細かいことなんてどうでもよくなるよぉ?」


「ば、馬鹿者ッ!!」


 師匠が慌てて、ミレイユさんの手を払いのけた。


「こやつはまだ子供だ!毒水を勧めるでない! アレンもアレンじゃ、興味深そうに鼻をヒクつかせるな!」


「あはは……すみません」


 街道を行く馬車の荷台。  

 豪快に安酒をあおるミレイユさんと、眉間のしわが深くなる一方の師匠。  

 僕は二人の間で、オロオロと視線を往復させていた。


「ま、まあまあ師匠。ミレイユさんが魔物を蹴散らしてくれるおかげで、旅のペースも上がったし……」


「アレン、お前がそうやって甘やかすから、この酔っ払いはつけあがるんじゃ!」


「あはは……」


 まるで水と油だ。  

 騎士道精神の塊みたいな師匠と、自由奔放な傭兵のミレイユさん。  

 絶対に混ざり合わない二人が、なぜか僕を挟んで一緒にいる。

 不思議な光景だった。


 ふと、ミレイユさんが飲みかけの瓶を置いて、僕の右腕を見た。


「そういえば坊主。その腕、いつまで包帯グルグル巻きにしてるんだい? 怪我なら、もう塞がってるだろ」


 ドキリ、と心臓が跳ねる。  

 僕は反射的に右腕を隠した。


「え、と……これは、その……火傷の跡がひどくて、見せられないというか……」


「ふーん?」


 ミレイユさんは赤い瞳を細め、僕をじっと観察する。  


 嘘がバレたか。

 背中に冷や汗が流れる。  


 もし、中身が「魔物の腕」だと知られたら、彼女はどうするだろう。  

 また「化け物」と呼んで、あの大剣で斬りかかってくるだろうか。


 緊張で固まる僕を見て、ミレイユさんはニヤリと笑い、バシッと僕の背中を叩いた。


「ま、いいさ! 男には、一つや二つ隠し事くらいあるもんだ。言いたくなったら言いな」


「え……?」


「詮索はしない主義でね。アタシが興味あるのは、アンタが『根性のある馬鹿』だってことだけさ」


 そう言って、彼女はまた酒を煽り始めた。  


 豪快だけど、優しい人だ。  


 僕は胸を撫でおろすと同時に、少しだけ罪悪感を覚えた。





 数日後。  僕たちは目的の場所に到着した。


 地平線の向こうに、巨大な灰色の壁がそびえ立っている。  

 この辺境地域で最も大きな、対魔族戦の拠点都市。


「あれが……『城塞都市バルディア』」


 見上げるほどの高い城壁。

 その上には無数の大砲やバリスタが並び、空には警邏けいらの竜騎士が飛んでいる。  

 圧倒的な武力。  

 あまりの物々しさに、僕はゴクリと喉を鳴らした。

 僕はミレイユさんに聞かれないよう、小声で師匠に話しかけた。


「……師匠、本当にここに入るの? ここって、魔族を警戒してる街なんだよね? 万が一バレたら……」


 僕の不安げな問いに、師匠は呆れたように溜息をついた。


「何を言うとる。新しい剣を買うためにここまで来たのじゃろうが」


「う……そ、そうだけど」


「それに、お前も知りたいと言ったであろう? 己が何者なのか、なぜそのような腕を持って生まれたのかを」


 師匠の眼差しが鋭くなる。


「世界は広いぞ、アレン。この街はその『入り口』に過ぎん。ここを乗り越えねば、何も始まらんのじゃ。  ……恐れるな。堂々としておれ。お前はもう、自分の足で立てるはずじゃ」


「……はい」


 そうだ。僕たちはただ放浪しているわけじゃない。   

 真実を知るために旅に出たのだ。  

 こんなところで、足踏みしているわけにはいかない。


 すると、横で酒を飲んでいたミレイユさんが、ニカっと笑って会話に割り込んできた。


「何コソコソ話してんだい。……そんなに縮こまってちゃ、逆に目立つよ?」


「え、あ、うん……」


「連中が探してるのは『魔族』だろ? アタシら人間に用はないさ。堂々としてりゃあ、誰にも止められやしないよ」


 二人の言葉に、僕は渋々頷くしかなかった。  

 旅を続けるためには、ここを通るしかない。

 それは理解できたけれど……。


「……わかった。気をつけるよ」


 僕は覚悟を決めて、頷いた。


 こうして僕たちは、バルディアの巨大な城門へと続く、長い行列の最後尾に並ぶことになった。  

 近づいてみると、その警備の物々しさは遠目以上だ。  

 城壁の上からは無数の兵士が眼下を監視しており、門の前では一人ひとり入念な身体検査が行われている。


(……大丈夫。落ち着け)


 列が進む中、僕はフードを目深に被り直し、震えそうになる右腕を左手で強く握りしめた。  

 隣の師匠は無言だが、その目は「油断するな」と語っている。


 やがて、僕たちの番が巡ってきた。


「次! 通行証はあるか?」


「いや、ない。旅の者だ」


 師匠が慣れた様子で通行税の銀貨を差し出す。  


 しかし――。


「よし。では次に、この『水晶』に手を触れろ」


「……む?」


 師匠が不審げに声を漏らした。  

 兵士の手には、淡く光る透明な石――「魔力探知の水晶」が握られていたのだ。


「なんだそれは。昔はそんな検査などなかったはずじゃぞ」


「ああ、最近になって導入されたんだよ。魔族紛いの連中が入り込まないようにな。……さあ、早くしろ」


 兵士が水晶を突き出してくる。  


 師匠の顔色がサッと変わった。


(嘘だろ……!?)


 僕の背中を一気に冷や汗が流れ落ちる。  


 聞いてない。こんな誤魔化しのきかない検査があるなんて。

 僕が「普通の人間」じゃないことは、この右腕が証明している。

 もし水晶が「魔族」の反応を示したら、その場で即処刑だ。


「どうした? やましいことがないなら触れるはずだろ」


 僕が動けないでいると、兵士が怪しんで目を細めた。


「おい、お前。そのフードをとれ。顔を見せろ」


「あ、いえ……」


「聞こえんのか。取れと言っているんだ」


 兵士が一歩踏み出し、水晶を持ったまま僕のフードに手を伸ばしてくる。  


 逃げ場はない。  

 隣でミレイユさんが何か言おうとしたが、それより早く兵士の手が迫る。


(――終わった)


 僕が絶望して目を閉じた、その時だった。


「ええい、無礼者め!!」


 一喝。  師匠が兵士の腕をバシッと払い除けた。


「ああん!? なにしやがる爺さん! 衛兵に逆らって、タダで済むと思ってんのか!」


「やかましい、たわけ!」


 師匠は懐から紋章入りのペンダントを取り出し、兵士の目の前に突きつけた。


「控えよ! かつて王都騎士団に籍を置いていた、ガルド・アイゼンとはわしのことじゃ! わしの連れに『魔族の疑い』などとかけおって、侮辱する気か!」


「っ!? こ、これは……王家の紋章!?」


 兵士の顔色がサッと青ざめる。  

 彼は慌てて姿勢を正すと、直立不動で敬礼した。


「た、大変失礼しました! 王都の騎士様とは露知らず……!」


「ふん。身元はわしが保証する。さっさと通さんか」


「は、はいッ! どうぞお通りください!」


 師匠の威光によって、兵士は慌てて道を空けた。  

 僕たちはなんとか首の皮一枚で関門を突破することに成功したのだ。





「はぁぁ……死ぬかと思った……」


 城門を通り抜け、人気のない路地に入ったところで、僕はその場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。


「……随分と手荒な真似をしたねぇ、爺さん」


 背後から、ミレイユさんがニヤニヤしながら歩いてきた。


「さっきの『王都騎士団』ってのはハッタリかい? それともマジ?」


「えっ!?」


 そこでようやく、僕も顔を上げた。


「そ、そうだよ師匠! 王都騎士団って言ったら、国の精鋭部隊じゃないか! そんなすごい所にいたの!?」


「……大昔の話じゃ。今はただの老いぼれよ」


 師匠は自嘲気味に笑うと、ペンダントを懐にしまいながら小さく溜め息をついた。


「……本当は、使うつもりはなかったんじゃがな」


 その言葉に、ミレイユさんが口元を歪めた。


「へぇ。……大事な『切り札』を切ってまで、検査を避けたかったってわけかい?」


「ッ……」


 僕の心臓が跳ねる。  

 ミレイユさんは悪戯っぽく片目を閉じた。


「坊主、あの水晶を出された時、顔色が真っ青だったからね。『こりゃあ、ただ事じゃないな』と思って見てたけど……まさか爺さんが強行突破するとはねぇ」


「……」


「ま、誰にだって触られたくない『事情』はあるもんさ。深くは聞かないよ」


 彼女はそう言って、僕の頭をポンと叩いた。  


 見透かされている。  

 彼女は、僕が「水晶」を恐れていたことに気づいているのだ。


 その瞬間。


 ジャリッ……。


 足音がして、師匠がミレイユさんと僕の間に割って入った。

 その手は、腰の剣のつかにかかっている。


「……おい、女」


 師匠の声が、今まで聞いたことがないほど低く、震えていた。  

 それは焦りと、明確な殺意が混じった声だった。


「お前、どこまで気づいている?」


「師匠……!?」


 普段の温厚な師匠からは想像もつかない、鋭い眼光。  

 もし彼女の答え次第では、この場で斬り捨てる――そんな張り詰めた空気が漂う。  

 ミレイユさんもまた、笑みを消して師匠を見返した。


「……怖い顔すんなよ、爺さん。言っただろ、深くは聞かないって」


「信用できるか。……その口、永遠に開かぬよう塞いでやろうか」


 師匠が剣を数センチ、鞘から走らせる。  

 キン、と冷たい金属音が路地裏に響いた。  


 僕の心臓が凍りつく。


「ま、待って師匠! ミレイユさんは、オークから僕を助けてくれた恩人だよ!」


「甘い! 疑いを持たれた以上、生かしてはおけん! 災いの芽はここで摘む!」


 師匠は本気だ。  

 僕を守るために、恩人ですら斬ろうとしている。  


 だが、ミレイユさんは動じることなく、やれやれと肩をすくめた。


「短気だねぇ。……安心しな、アタシは兵隊どもが嫌いなんだ。魔族狩りだなんだと騒ぎ立てて、弱い者いじめしかしない連中だからね」


「……なに?」


「アタシは、そこの坊主が気に入った。……兎一匹守るために命を張れる馬鹿を、売ったりしないよ」


 彼女は真っ直ぐに師匠の目を見つめた。  


 そこには嘘も偽りもない、強い意志があった。


「……」


 師匠はしばらく彼女を睨みつけていたが、やがて悔しそうに歯噛みしながら、剣から手を離した。


「……もし他言すれば、地の果てまで追いかけて殺す。……よいな」


「はいはい、肝に銘じとくよ」


 ミレイユさんはニカっと笑い、張り詰めた空気を霧散させた。  

 師匠は大きくため息をつき、額の冷や汗を乱暴に拭った。


 そのまま無言できびすを返し、路地裏から大通りへと歩き出した。


 僕たちは慌ててその後を追う。





 しかし、人気ひとけのない路地裏から一歩大通りに出ると、空気は一変した。


 街の中の空気は、外よりもずっと重かったのだ。


 活気はある。


 だが、それ以上に殺気が漂っている。  


 行き交う人々は皆、武装しており、広場の掲示板には「魔族討伐数ランキング」や「賞金首の手配書」が貼り出されている。  

 子供たちですら、「魔族ごっこ」と言って、魔物役の子に石を投げて遊んでいた。


(ここは……魔族を殺すための街だ)


 右腕が、ズキリと痛んだ気がした。  

 僕は無意識に右腕を抱きしめる。  

 ここは僕にとって、世界で一番居心地の悪い場所かもしれない。


「……行くぞ、アレン」


 師匠に促され、僕は足を動かす。  


 だが、その時。  


 ふと、街の中央にある巨大な時計塔の上から、誰かに見られているような視線を感じた。  

 見上げても、そこには誰もいない。

 カラスが一羽、不吉な声で鳴いて飛び去っただけだった。



 僕たちはまだ知らない。  




 この街での出来事が、僕たちを果てしない『逃亡の旅』へと突き落とすことになることを。





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