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忌み嫌われた右腕が、誰かの希望になるまで。 ~正体を隠した半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零


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第16話 影から見守り続けた十二年間の真実。そして混沌の都バラムへ

 

 決意を口にするのは、簡単だった。  

 だが、それを実行に移すのがこれほどまでに「地獄」だとは、今の今まで思いもしなかった。


「……はぁ、はぁ、……っ、……っ!」


 バラムへと続く街道を、僕はひた走っていた。  

 背中には、『黒鋼の剣』。

 かつてはあんなに軽いと思っていたはずのそれが、今では一歩踏み出すごとに、容赦なく僕の膝と腰を削り取っていく。


「遅いぞ、アレン! 呼吸を乱すな。肺の奥まで空気を入れ、一定のリズムで吐き出せ!」


 並走する師匠の叱咤が飛ぶ。

 一方で、反対側を軽やかな足取りで跳ねるように走るミレイユさんは、腹の底から声を弾ませた。


「あっはっはっ! どうしたアレン、さっきまでの威勢はどこへ行ったんだい! そんなんじゃ魔力に振り回されるだけで終わっちまうよ!」


 彼女は僕の顔を覗き込むと、ニカッと不敵な笑みを浮かべる。


「ほら、背中の重さを嫌うんじゃない! その重みと右腕の『熱』を繋げるんだ。あんたならできるはずだ、ほら、シャキッとしな!」


 身体能力の限界を攻める師匠と、未知の魔力操作を要求するミレイユさん。  

 二人の達人による「二重の地獄」……。  

 でも、ミレイユさんの笑い声を聞いていると、不思議と「まだいける」という気がしてくるから不思議だった。




 旅路:二日目


 全身が鉛のように重い。      

 筋肉痛で一歩踏み出すのも苦痛だった。  

 バラムへの道は遠く、二日目もひたすら走り続ける苦行が続いている。


「ほら、どうしたアレン! 足を止めるな! 一度止まれば二度と動けなくなるぞ! 己の限界を決めつけるな!」


 ガルド師匠の怒声が、走る僕の背中に突き刺さる。


 師匠には僕の中の魔力は見えない。

 けれど、僕の心が折れかかっているのは見抜いているんだ。

 対照的に、隣を並走しているミレイユさんは、リンゴをかじりながら余裕の表情で笑っていた。


「あはは、ガルドは相変わらず脳筋スパルタだねぇ。アレン、頑張れ! その『熱』、止めたらもったいないよ!」


 彼女の声に呼応するように、右腕からどす黒い奔流が溢れ出す。  

 以前の僕なら、恐怖で身を竦ませていたはずの感覚。……けれど。


(ずっと怖かったこの熱は、呪いなんかじゃない……僕を守ってくれる、父さんの熱なんだ。止めるもんか。もっと、もっと僕の中に巡らせるんだ……!)


 激痛に悲鳴を上げる筋肉に、右腕の熱を流し込んでいく。  

 溢れる熱をせき止めるのではなく、全身の細胞を潤す川のように導いていく。


 ——その時だった。


 右腕の「熱」が、僕の鼓動に呼応するように、深く、力強く体の中に溶け込んだ。   

 暴れ馬のようだった魔力が、僕の意思に従って、悲鳴を上げていた全身の細胞を優しく叩き起こしていく。


 魔力が淀みなく循環し始めたその瞬間。  

 あれほど重かった体が、まるで羽毛のように軽く感じられた。  

 僕は弾かれたように加速した。


「……っ!」


 泥を蹴り飛ばし、風を切る感覚。  

 それまでリンゴを食べていたミレイユさんが、弾かれたように目を丸くした。


「おぉ……っ!」


 彼女はキラキラと瞳を輝かせ、僕の横にピタリとつけ直した。


「今の見た!? ガルド、今の見たかい!? すっごいね、アレン! 走りながら完璧に魔力を『循環』させちゃったよ!」

   

 ミレイユさんは僕の泥だらけの頬を両手で包み込み、顔を近づけてクスクスと笑った。


「正直に言うよ。あたし、あんたの才能をちょっと見くびってたかも。普通なら、魔力の循環を覚えるだけでも数ヶ月、右腕のような異質な力を手なずけるのは数年がかりの仕事なんだよ?」


 ミレイユさんは僕の鼻先をちょんと突き、悪戯っぽく、けれど最大級の賛辞を贈ってくれる。


「それをたった二日で、しかも走りながら自分のものにしちゃうなんて……。アレン、あんたのセンス、末恐ろしいくらいだよ。あはは、これならあたしが教えることもすぐになくなっちゃうかもね!」


 真っ向から僕の力を「素晴らしい」と笑ってくれる。  

 あんなに辛かった二日目の道のりが、彼女の笑顔と肯定の言葉で、最高の修行へと変わっていく。


「自信を持ちなよ、天才少年。その腕はもう、呪いなんかじゃない。あんたの最高に頼もしい『相棒』なんだからさ」


 少し後ろにいた師匠は、当たり前だと言わんばかりに鼻を鳴らした。





 その二日目の夜。  

 爆ぜる薪の音と、遠くで鳴く夜鳥の声だけが響く静かな時間。  

 泥のように重い体を引きずり、僕は焚き火に当たっていた。

 ふと、自分の出生を聞いてから心の中にずっと澱のように溜まっていた疑問が、言葉となって口をついて出た。


「……ねぇ、師匠。一つ、聞いてもいいかな」


 師匠は、黒鋼の剣を手入れしていた手を止め、炎越しに僕を見た。


「……なんだ」


「僕は……、どうしてあのリムル村にいたの? それに、師匠は僕と再会するまでの十二年間、どこで何をしていたの……?」


 僕が拾われたのは、辺境のリムル村にある小さな教会だった。  

 師匠は、僕が十二歳になって村を追われた時に現れ、僕を救ってくれた。

 けれど、それまでの空白の時間が、今の僕にはどうしても繋がらなかった。


 師匠は深く、重いため息をつくと、炎を見つめたまま語り始めた。


「……お前が二歳になるまでは、わしがこの手で育てていた。エレナ様の意志を継ぎ、二人で旅を続けていたのだ」


「二歳まで……師匠と一緒に……?」


「ああ。だが見ての通り、わしはただの無骨な武人。お前を連れての逃避行は、いつまでも続けられるものではなかった。幼いお前には安らげる場所が必要だった……。いつまでも根無し草のまま、戦火の中に置くわけにはいかなかったのだ」


 師匠の大きな手が、悔しげに膝の上で握りしめられる。


「だからわしは、あえてお前をリムル村の教会へ置いた。皮肉な話だが、追手である聖教会の目が最も届かぬのは、彼らが『末端』と切り捨てた辺境の小さな祈り場だと思ったのだ。あそこなら、国の追手も届かぬ平穏な暮らしができると信じてな。……だが、わしはお前を捨てたわけではない。その後の十年間も、わしはずっとお前の側にいたのだ」


 衝撃だった。  

 師匠はずっと近くにいたというのか。


「村の連中には気づかれぬよう、影から見守っていた。リムル村は辺境ゆえ、中央の聖教会の影響は薄いが、深い森が近く、魔物の脅威は多い。わしは村の周囲に現れる魔物を、お前にも村の連中にも気づかれぬよう片っ端から斬り伏せ続けてきた。お前が、普通の子供として笑っていられる場所を……平穏な『日常』を守るために」


 師匠の声は、静かだが震えていた。


「本当はな、アレン。お前が十六の成人を迎えるその日まで、影から見守り続けるつもりじゃった。もし……もしもお前のその右腕が目覚めぬまま、ただの健やかな少年として大人になれるのであれば、わしは一生姿を現さず、真実も、お前の真名も、すべてを墓まで持っていく覚悟だったのじゃ」


 僕は、炎に照らされた師匠の横顔を見つめた。  

 そこには「主を持つ騎士」ではなく、ただ「子の幸せ」を願う一人の老人の顔があった。


「お二人が授けた『アレン・グランディオス・エルディアーナ』という名は、騎士であるわしにとって何よりの誇りじゃ。……だが、親代わりとしてお前を愛してしまったわしにとっては、それはお前の人生を縛り付ける過酷な『呪い』にしか思えなかった。だから、せめてあと四年は……戦いも、宿命も、血の臭いも知らぬまま、お前にただの『村の少年』でいさせてやりたかったのじゃよ……」


 だが、師匠の顔が苦痛に歪んだ。


「……しかし。お前の十二歳の誕生日だ。あの日、わしは不覚を取った。外から迫る大型の魔物を仕留めるのに手間取り……わしが漏らした『魔狼(ヘルウルフ)の群れ』を、村へ行かせてしまったのだ」


 魔狼(ヘルウルフ)

 あの、血に飢えた獣たちの姿が脳裏に蘇る。


「わしが駆けつけた時には、すでに村は混乱の極致だった。……そしてわしは見たのだ。魔狼(ヘルウルフ)に襲われそうになった村長を助けようと、お前がその身を投げ出した瞬間を。……死の淵に追い詰められたお前の右腕が、あの時初めて、覚醒したのをな」


 心臓がドクンと跳ねた。  

 そうだ。あの日、僕は怖くてたまらなかった。

 けれど、目の前で今にも食い殺されそうな村長を放っておけなくて、無我夢中で手を伸ばした。  

 その瞬間、腕が焼けるように熱くなり、気づけば目の前の魔狼(ヘルウルフ)を吹き飛ばしていた。


「……すまなかった、アレン。本当に、申し訳なかった……」


 師匠が僕に向かって、深く深く、頭を下げた。  

 ポツリ、ポツリと、滴り落ちた師匠の涙が、地面の土を黒く染める。


「お前が村を飛び出した後、わしは己を呪いながら、四日間一睡もせずにお前を捜し歩いた。……ようやく見つけた時、震え、傷つき、死をも受け入れたその瞳を見て、わしは自分の心臓を握り潰したくなるほど後悔したのじゃ。わしがもっと早く村に駆けつけていれば、お前に、死を覚悟させるような真似だけはさせずに済んだものを……」


 師匠の声は、激しく震えていた。  

 けれど、彼は顔を上げ、涙に濡れた瞳で僕を真っ直ぐに見つめた。


「だがな、アレン。……あの時、わしが放り投げた泥だらけの干し肉を、お前ががむしゃらに頬張った、あの瞬間。……お前の目に、微かに『生きるという希望』が灯ったのを、わしは見逃さなかった」


 ――あ。  あの時、泥の味がする肉を必死に食べた記憶が、鮮明に蘇る。


「死にたいという瞳をしながらも、お前の体は、心は、まだ生きたいと叫んでおった。それを見たとき、わしは……わしは本当に、心の底から嬉しかったのだ。お前がまだ、こちら側に踏みとどまってくれたことが。……お前を救う機会を、天がわしに与えてくれたのだと」


 ……そうだったのか。  孤独だと思っていたあの四日間。  

 けれど、僕を死なせまいと、血眼になって僕を追い続けてくれた人がいた。


「……謝らないで、師匠」


 僕は立ち上がり、師匠の隣に座ると、震えるその手に自分の手を重ねた。


「師匠がいてくれたから、僕は今日まで生きてこられた。あの日、魔狼(ヘルウルフ)から村長を助けられたのも、師匠が僕をずっと守ってくれてたからだよ。……師匠、ずっと側にいてくれて……本当にありがとう」


 師匠が顔を上げる。

 その隻眼に、焚き火の光が滲んで揺れていた。


「……ひっひっひ。湿っぽいのはそこまでだよ、二人とも」


 ミレイユさんは僕の頭をガシガシと乱暴に撫でまわし、そのまま師匠の背中をバシッと力任せに叩いた。


「爺さんはその罪滅ぼしに、明日からこの坊主を徹底的に鍛えな。アレン、あんたも爺さんの気持ちを汲むなら、立ち止まってる暇はないよ。明日にはバラムに着く。そこからが、あんたの本当の戦いなんだからね」


 ミレイユさんの言葉に、僕は小さく頷いた。  

 師匠が十六年守ってくれたこの命を、今度は僕自身が強く、太く育てていくんだ。


 夜空を見上げると、リムル村で見ていたのと同じ、綺麗な星が輝いていた。




 旅路:三日目


 三日目の朝。  

 目を覚ましたとき、筋肉痛は相変わらず酷かったが、不思議と心は澄み渡っていた。  

 焚き火の跡を片付け、僕たちは再びバラムへと向かって走り出す。


「アレン、遅いぞ! 今日は昨日の倍の速さで行くぞ!」


 師匠の叱咤が飛ぶ。

 昨夜、あんなに涙を流して僕に謝った人だとは思えないほど、その声は厳しく、力強い。  


 でも、今の僕にはわかる。

 その厳しさは、僕を二度と死の淵へ追いやらないための、彼なりの祈りなのだと。


「あはは! ほら、爺さんに置いていかれちゃうよ、アレン!」


 ミレイユさんは今日も軽やかだ。  

 僕は深く息を吸い込み、右腕に意識を向ける。


(……行こう、父さん。僕、もっと強くなるよ)


 右腕の熱が、僕の決意に応えるように力強く脈打つ。  

 魔力の循環は、もう意識せずとも全身を巡っていた。  

 二日間、あんなに重かった『黒鋼の剣』が、今は背中で心地よい重みを伝えてくる。

 この心地よさは、僕を鍛え、守ってくれる師匠の想いの重みのようだった。


 正午を過ぎた頃。  

 街道の先、地平線に巨大な石造りの城壁が見え始めた。


「……見えたよ。あれが、自由都市バラムだ」


 ミレイユさんが足を止め、眩しそうに目を細めて指を差す。  

 それは、数日前に訪れた城塞都市バルディアが、まるでただの「前哨基地」に思えてしまうほど巨大なものだった。


 整然とした軍事の壁だったバルディアに対し、バラムの壁は増築と補修を幾度も繰り返したようないびつなツギハギで、その内側からは空を覆わんばかりの黒煙と、地鳴りのような喧騒が漏れ出している。


「いいかい、アレン。あの門をくぐれば、もうあんたは『村を追われた可哀想な子供』じゃない」


 ミレイユさんが僕の隣に立ち、僕の肩を力強く叩いた。


「あんたは、この爺さんの唯一の弟子。そして、あたしが認めた一人の『男』だ。胸を張って歩きな。あんたの隣には、世界最強の偏屈騎士と、世界一いい女の術者がついてるんだからさ!」


「……ふん。余計なことは言わなくていい。行くぞ、アレン」


 師匠はぶっきらぼうに鼻を鳴らした。  

 けれど、その視線は真っ直ぐにバラムの門を見据え、僕を先導するように一歩踏み出した。


 師匠が守ってくれた十六年間。  

 そして、この三日間の地獄のような旅。


 そのすべてが、今の僕の血となり、肉となっている。  

 僕は力強く地面を蹴り、二人の背中を追って走り出した。


「……はい、師匠! ミレイユさん!」



 見上げる空はどこまでも高く、青い。  



 僕と、僕を愛してくれた人たちとの本当の戦いは、ここから始まるんだ。







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