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忌み嫌われた右腕が、誰かの希望になるまで。 ~正体を隠した半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零


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第10話 死神の鎌と絶望の淵

 

 月の光を鈍く反射する、禍々しい漆黒の大鎌。  

 カラスの群れが凝縮し、形を成したそれは、まさに命を刈り取る死神の得物そのものだった。


『ザディル様もさぞお喜びになる。……安心しろ、邪魔な羽虫どもはここで肉片に変えてから、ゆっくりと連れて行ってやるからな!』


 ガラの狂気に満ちた叫びが夜の森に響き渡る。  

 怪人が大きくマントを翻した瞬間、その影から解き放たれた無数のカラスが、文字通り「黒い弾丸」となって僕たちへと襲いかかった。


「来るぞ! 構えろッ!!」


 師匠の鋭い怒号が飛ぶ。  

 僕は『黒鋼の剣』を握り直し、迫りくる黒い濁流を迎え撃つべく、低く身を構えた。


「ギャァ、ギャァ、ギャァァァッ!!」


 鼓膜を揺らす不吉な鳴き声と共に無数のカラスが、黒い弾丸となって降り注いだ。


「散れッ! 一箇所に固まるな!」


 師匠の怒号と共に、僕たちは三方向へ飛び退いた。  

 直後、僕たちがいた地面に、何十羽ものカラスが突き刺さる。  


 もし判断が遅れていたら、今頃全身を串刺しにされていただろう。


「くっ……どこだ!?」


 僕は着地と同時に剣を構え、正面にいたはずのガラの姿を探した。  

 けれど、そこに怪人の姿はない。

 マントを翻し、カラスを放った直後――奴は忽然と、目の前から消え失せていたのだ。


『ククク……無駄なあがきだ』


 嘲笑が聞こえたのは、頭上からだった。  

 ハッとして見上げれば、いつの間にかガラは十数メートルも上の、細い枯れ木の枝に音もなく立っていた。


 月を背負い、大鎌を手にしたその姿は、まるで獲物の死を待つ巨大な怪鳥だ。  

 奴は指揮者のように優雅に指を振り、僕たちをもてあそぶように次々とカラスを差し向けてくる。


『我が使い魔たちは無限。貴様らが疲れ果て、その肉を食いちぎるまで終わらんよ』


「……やられて、たまるかッ!!」


 僕は『黒鋼の剣』を振るい、必死に応戦した。


 キンッ、ガギンッ!


 鈍い金属音が響く。ただの鳥じゃない。

 こいつらのくちばしは鉄のように硬化している。

 一撃受け止めるたびに、骨まで響くような衝撃が走った。


 必死に剣を振るうが、防ぎきれないくちばしが僕の頬をかすめ、二の腕を、肩を、脇腹を、次々と切り裂いていく。  

 一つ、また一つと身体に刻まれる鋭い痛み。

 じわりと全身に熱い血が滲み出し、止まらない出血と焦りが、僕の思考をじわじわと鈍らせていった。


「アレン! 呼吸を乱すなッ!」


 師匠の鋭い声が響く。 

 その周囲では、目にも留まらぬ速さの銀光がいくつも走り、近づくカラスを次々と漆黒の霧へと変えていた。  

 けれど、四方八方から物理的な質量となって押し寄せる漆黒の群れを、完全に払い切ることはできない。

 達人である師匠の頬にも一筋の血が走り、その衣服はカラスの鋭い爪によって至るところがボロボロに引き裂かれていた。


「チッ、数が多いねぇ! うっとうしいッ!」


 ミレイユさんが大剣を横一文字に振るい、正面のカラスを風圧ごと叩き伏せる。  

 やじりが刺さったままの肩からは、激しい戦闘に耐えかねて再び鮮血が滲み、降り注ぐ「黒い弾丸」が彼女の肌を次々と削り取っていくが、彼女はそんな激痛すら力に変えるような鬼気迫る動きで、僕を背後に庇い続けた。


「アレン、ぼさっとするんじゃないよ! あたしの後ろにいろッ!」


 叫ぶ彼女の全身に、また新たな赤い筋が刻まれる。  

 それでもミレイユさんは、闇に紛れた襲撃を斬って、斬って、斬り伏せ続けた。

 自らの身を盾にして、絶望的な「黒い雨」から僕たちを守ろうとしていた。


 だが、漆黒の群れに終わりは見えない。    

 濃密な羽ばたきと黒い霧が壁となり、防戦に追われる僕と彼女の距離を、無情にも引き離していく。

 カラスの群れはさらに密度を増し、空は重苦しい黒に塗りつぶされていた。


『……ほう。いつまで保つかと思ったが、まずはその女から壊れるようだな』


 ガラの冷徹な瞳が、傷ついたミレイユさんを射抜いた。  

 奴が指をパチンと鳴らすと、カラスたちの動きが一変した。

 師匠と僕への牽制を最小限に留め、群れの大部分が一点――ミレイユさんへと殺到したのだ。


「なっ!?」


『弱った獲物から狩る。定石だろう?』


 数百羽のカラスが、竜巻のようにミレイユさんを飲み込もうとする。


「ミレイユさんッ!!」


「舐めるんじゃないよ、クソ鳥どもがァッ!!」


 ミレイユさんは大剣を地面に突き刺し、それを盾にしてカラスの突撃を防ぐ。  

 だが、防ぎきれない数羽が背後に回り込み、彼女の脚や背中を激しく切り裂いた。


「ぐっ……ぅ!?」


「ほう、なかなかしぶとい。だが、いつまで保つかな?」


 ガラがゆらりと枝から身を投げ出した。  

 大きなマントを翼のように広げ、闇を凝縮させたような漆黒の大鎌を手に、手負いのミレイユさんへと一直線に滑空する。


「させるかァッ!」


 いち早くその殺気を察知した師匠が、割り込もうと地面を蹴る。  

 だが、それを嘲笑うように地面の影が蛇のように伸び、師匠の足を無数に絡め取った。


「ぬっ!? 影縛り(シャドウ・バインド)か!」


『いくら腕が立とうと、老体には堪えるだろう?』


 師匠が足止めされた一瞬の隙。  

 ガラは空中で不気味に軌道を変え、カラスの防戦で手一杯なミレイユさんの真後ろへと着地した。


『ククク……精一杯、足掻いたな。死に損ない』


 冷徹な、けれどどこか楽しげな宣告。  

 ガラはまるで、道端に転がる石でも蹴り飛ばすかのような無造作な動作で、漆黒の刃を振り上げた。


 狙いは、無防備にさらされた彼女の首筋。


 カラスの黒い壁に視界を遮られながらも、僕の目は、釘付けになったようにその光景を捉えていた。


 影を力ずくで引きちぎり、必死に地を蹴るも届かない師匠。


 背後からの死の宣告にハッとして振り向こうとするが、カラスの猛攻に阻まれ、あと一歩が届かないミレイユさん。



 頭では分かっている。距離がある。間に合わない。  

 今の僕には、彼女を救う術なんてどこにもないのだ。



 しかし、世界は残酷なほどゆっくりと回り、漆黒の刃が彼女の命を刈り取らんと迫っていた。




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