6話
その日も、タケルはバスに乗った。
前髪を整え、制服の襟を直し、靴も少しだけ磨いて。
もう何度目かわからない。
でも、今日こそは――そんな気持ちで乗った。
でも、彼女はいなかった。
昨日も、いなかった。
その前も。
(あれ?)
(もう、時間が変わった?)
(別のルートになった?)
(…転校?)
何もわからない。
何も聞いていない。
そもそも、話したこともない。
タケルは、窓の外を見た。
住宅街。
いつも通り。
でも、少しだけ違って見えた。
(俺、結局、何もできなかったな)
(名前も知らないまま)
(話しかけることもできず)
(ただ、目が合った“気がした”だけ)
でも、心の中で、何かが動いた。
毎朝、ちょっとだけ早起きして。
髪を整えて。
制服を直して。
バスに乗って。
(俺、ちょっとだけ変わった気がする)
(何も起きなかったけど)
(なんか、よかった)
バスが停まり、タケルは静かに降りた。
イヤホンのコードを指でいじりながら、心の中でつぶやいた。
(どーにも、こーにも、なにがなんだか…)
でも、笑っていた。
ほんの少しだけ。




