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5話
その朝、タケルは鏡の前にいた。
前髪を、少しだけ整えてみた。
昨日、美容院で教えてもらった整髪料を、ほんの少しだけ指に取る。
(やりすぎじゃないよな…)
(でも、ちょっとだけ…かっこよく見えるかも)
制服の襟も、いつもより丁寧に直した。
靴も、少しだけ磨いた。
タケルは、バスに乗る準備をしながら思った。
(今日こそ、ちゃんと話しかける)
(俺、ちょっとだけマトモになった気がする)
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バス停。
タケルは、いつもより姿勢を正して立っていた。
バスが来る。
乗る。
席に座る。
でも、彼女はいなかった。
(あれ?)
(今日、休み?)
(いや、時間が違った?)
バスは、静かに進む。
タケルは、窓の外を見ながら、整えた前髪を指でそっと触った。
(俺、今日、ちょっとだけ頑張ったのに)
(でも、まあ…こういう日もあるか)
その日、何も起きなかった。
でも、タケルの心には、少しだけ風が吹いた。
(俺、ちょっとだけマトモになった気がした)
(それだけでも、なんか…いいかも)




