4話
その朝、タケルは決めていた。
「今日こそ、話しかける」
前夜、風呂場で何度もシミュレーションした。
「おはようございます」→不自然。
「このバス、混みますよね」→天気の話レベル。
「その制服、○○学園ですか?」→不審者感がある。
最終的に選んだのは、降車ボタン作戦だった。
彼女が降りるタイミングで、自分も一緒に立ち上がる。
そして、自然にこう言うのだ。
「…あ、君もこのバス停なんだ」
完璧だった。
脳内では、彼女が微笑み、
「はい、いつも同じ時間なんです」
と返してくれるところまで再生済み。
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バスが停まり、彼女が乗ってきた。
今日も斜め前。
タケルは、心の中でカウントダウンを始めた。
(あと3つ目のバス停で降りる…たぶん)
彼女がカバンを閉じた。
立ち上がった。
タケルも、立ち上がる。
降車ボタンを押す。
「ピンポーン」
(今だ!)
タケルは、口を開いた。
でも、声が出なかった。
彼女は、静かに降りていった。
タケルは、何も言えずに、ただ後ろをついて降りた。
(俺、今、完全に不審者だったんじゃ…)
(話しかけるって、こんなに難しいのか…)
その日は、一日中、自己嫌悪だった。
でも、どこかで思っていた。
(でも、降りるタイミングは合ってた)
(次こそ、ちゃんと話しかけられるかも)




