1話
通学バスの窓際。
タケルは、いつもの席に座っていた。
イヤホンはしているけど、音楽は流していない。
ただ、周囲の音を遮るための“男子校的防御壁”だった。
その日、バスが停まった。
乗ってきたのは、制服の違う女子生徒。
たぶん、近くの女子校。
タケルは、ちらっと見た。
目が合った気がした。
(え?今、目が合った?)
(いや、気のせいか?いや、でも…)
心臓が、少しだけ跳ねた。
タケルは、視線を窓に戻した。
でも、窓の外はただの住宅街。
何も見えない。
何も見えないのに、見ているふりをする。
(俺、今、恋したのか?)
(いやいやいや、名前も知らないし、話したこともないし)
(でも、なんか…なんか、気になる)
女子生徒は、静かに座った。
タケルの斜め前。
距離はある。
でも、近い。
(これ、俺の人生の始まりかもしれない)
(いや、違う。これはただの通学バスだ)
(でも、でも…)
バスは、ゆっくりと進む。
タケルは、イヤホンのコードを指でいじりながら、心の中で叫んでいた。
(俺、今、どうすればいいの?)
(どーにも、こーにも、なにがなんだか…)
その日、何も起きなかった。
でも、タケルの心は、確かに少しだけ動いた。




