『福の神が運んできた縁起物』
事の発端は今朝の出来事だ。朝食を済ませた柾は学校の支度をしていた。そして父の飲み掛けのコーヒーを柾の妹がシンクへ持ち運んでいる時に、その事件は起きた。
「あっ」「えっ」
パリン。惨事。柾の服にはこの世界にはない大陸の地図が描かれた。
妹は目尻に涙を浮かべていた。
「にーさ、ごめ……」
「わー、泣くな泣くな! 服くらいまだあ──」
「ごめんね、マサキ」
「……母さん?」柾の言葉は冷たい謝罪に阻まれた。
「柾の服、全部洗濯しちゃったの」
「……え?」
無慈悲な現実。柾の脳内で緊急会議が始まった!
(どうする。このまま行くか? でも制服に色やニオイが移ると……いっそカッターシャツの下を何も着ないで行くという手が──)
そんな事を考えている間に妹の目蓋は決壊寸前になっていた。
「わたしのせいで、にーさんが、にーさんがぁ……!」
「だだ、だ、大丈夫さ! 何も着ないで行くよ!」
「ダメよ」柾の提案は秒で却下された。
「まだ春先なのに、風邪でも引いたらどうするの。お父さんの部屋にあったシャツを持ってきたからこれを着て行きなさい」
「母さん……!」
一ミリの狂いもなく整然と揃えて畳まれたシャツを手に現れた母。聖母の後光を感じた柾は心中崇めて感謝した。
──はらり。
現れたのは──鯉の富士!!
「ぷっ」「……」
母と妹の肩が跳ねた。顔を背ける二人。しかし柾は気付いた。ここで問答を起こしている時間などないという事に。
(バレなきゃ問題ない、か……)
瞬間思考があらゆる可能性を提示したが、最後に帰結したのはその解だった。
「えーい、ままよ!」
柾はその場で着替えて地図の描かれたシャツを母に渡した。
「母さん任せた!」「ぷふっ、はいっ」
「行ってきます!」と走りながら学ランを羽織った柾はカバンを片手に家を出た。
──それが、柾を襲った悲劇だった。いつバレるかを懸念する柾にとって今の校門は魔界の入り口のようだ。
「よぉ、遊佐、おはよう!」「うぉおおおい! おお、お、おはようございますぅ!」
まず校門に足を踏み入れた柾を待ち受けていたのは生活指導の西垣だ。その見た目は大柄で筋肉質、手には竹刀とステレオタイプな教師。
明朗な声で挨拶をされたが柾は飛び出しそうな心臓につられて大きく肩を跳ねさせた。
完全に不審者のような反応をする柾に、西垣は訝しむように眉を寄せた。
「んん? 変なやつだな、どうした?」
「いや、なんでもないっす、なんにも!」
何かありますと顔に書いたままの柾は勢い任せに玄関目がけて一気に駆け出した!
突き刺さる視線がとても痛い。
(これは走ってるから見られてるだけだ、これは走ってるから見られてるだけだ……!)
心の中で言い訳じみた繰り言をして自分を鼓舞する柾。
そのまま校舎まで一気に侵入すると、スタスタと足早に自分の教室の前まで辿り着いた。




