笑うということ
村の中央では焚き火が燃え、肉の香ばしい匂いと笑い声が夜気に混ざっていた。
鹿肉の塊が焼かれ、子供たちは走り回りながら歓声を上げる。
ロイドは少し離れた場所で、焼き串を片手に座っていた。焚き火の光が頬を赤く照らす。
「ロイドさん、筋肉すごいんだなぁ!服着てるとわかんねぇけどやっぱり兵士だっただけあるな!」
近くにいた若い男が感嘆したように言う。「そりゃ二匹の鹿を担ぐんだ、当然か」その言葉に、周囲がどっと笑った。
ロイドは首を傾げたまま、反応に困ったように焼き串を見つめる。
「ほんとすごいよ!」
子供たちが次々と集まり、目を輝かせる。
「なんかやってよ!」「すごいやつ!」
ロイドは困ったようにレクトを見る。
レクトは酒を口にしながら笑った。
「ま、何か見せてやれよ。祭りなんだし」
しばしの沈黙。
ロイドは考えるように視線を下げ、やがて手にしていた木の皿から小さな木の実を一つ摘んだ。
「これを宙に投げてくれ」
子供たちは顔を見合わせる。
「え、これ?投げるの?」
「上に放れ。強くなくていい」
少年が興奮したように頷き、木の実を空へ放る。
焚き火の明かりに照らされ、実が宙を弧を描いた。
ロイドは手にしていた食事用のナイフを構えた。柄にはまだ脂の匂いが残っている。
動きは一瞬だった。
閃光のような軌跡を描き、ナイフは飛ぶ木の実を正確に射抜きそのまま木に突き刺さった。
──音が消えた。
焚き火の爆ぜる音だけが響く。
子供の口がぽかんと開き、誰も動かない。
ロイドは無表情のまま立ち上がり、突き刺さった木の実を取りに行く。
その瞬間、
「──ロイドさん!」
村に来てからよく聞く女の声が飛んだ。メリーだった。
「それうちの食器なんだけど!?食器で遊ぶんじゃないの!」
一拍の沈黙のあと、笑いが爆発した。
レクトが腹を抱え、エレクが苦笑しながら肩をすくめる。
「ははっ……そりゃ怒られるわ」
ロイドは手にしたナイフを見下ろし、少しだけ申し訳なさそうに頭を下げた。
「……すまない。注意が足りなかった」
「鹿2匹持ち上げるロイドさんもうちの嫁さんには敵わなかったか!」
その真面目すぎる謝罪とレクトの追い打ちで笑いが広がる。
子供たちは手を叩き、メリーは「あんたあとで話しあるからね」とレクトを睨みつけていた。
火の粉が舞い上がり、夜空に消えていく。
ロイドはその光を見上げ、誰にも聞こえないほど小さく呟いた。
「……これは、楽しいということか」
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祭りが終わる頃には、焚き火の火も小さくなっていた。
人々は酔いに任せて眠り、静けさが村を包む。
ロイドは立ち去ることもなく、その場に座ったまま燃え残りの火を見つめていた。
風が吹くたび、灰が舞い、橙の光がわずかに揺れる。
「こんばんは」
背後から、柔らかな声がした。
振り返ると、セレナがいた。焚き火のほのかな灯りに照らされ、白い頬がほのかに赤くうつる。
「祭り、楽しかったですか?」
ロイドは少し考え、短く答えた。
「……悪くはなかった」
セレナは笑う。
「きっといつかそれも楽しかった、に変わりますよ」
ロイドは火を見たまま、ぽつりと言った。
「笑うというのは、難しいな。どうすれば自然になるのか分からない」
セレナは少しだけ黙り、それから小さく呟いた。
「自然になんて考えなくていいと思いますよ。それに今日はみんなを笑わせてたじゃないですか」
「……怒らせもした」
「ふふ、あれは大丈夫ですよ。メリーさんはロイドさんのこと気に入ってますから」
ロイドは首を傾げる。
「怒っていたように見えたが」
「息子を叱るような怒り方でしたね。色々思い出すこともあるんだと思いますよ」
焚き火がぱち、と弾けた。
「今日はロイドさんがみんなを笑わせた。きっと今度はみんながロイドさんを笑わせてくれますよ」
セレナの笑顔はロイドが見た誰よりも明るく、遠いものだった。
ロイドは小さく息を吐いた。
火の光が瞳に反射し、わずかに揺れる。
「……訓練で教わらなかったことばかりだ」
「これから、少しずつ思い出せばいいんですよ」
セレナは知らない。
ロイドの過去に思い出す笑顔がないことを。
ロイドは立ち上がる。
「明日は何か手伝おう。まだ借りが返せていない」
「ふふ、ほんと真面目ですね。でもそういうところ、とっても素敵だと思います」
セレナはそう言うと手を後ろに組み家の方へと戻る。
「明日は炊き出しの日なんです!お料理も大変なので手伝ってくださーい」
「りょうか……わかった」
夜風が吹き、焚き火の灰が舞い上がる。
ロイドは家路につき、ゆっくりと瞼をとじた。
明日は炊き出し。
料理という未知の戦場が待っているらしい。




