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焚き火の輪の中で

だんだん登場キャラが多くなってきました。近々、関係性を含めた登場人物一覧でも書こうか悩み中です。

 朝の霧が薄れていく頃、ロイドは通りの角で足を止めた。

 レクトが荷を背負い、弓と矢筒を肩に掛けている。背には麻袋、腰には短剣。

 その動作には、習慣と技術の匂いがあった。


「狩りか」

「おわっ、びっくりした!ほんと足音ないな!?まぁ、そんなとこだ。食料と皮が少し足りなくなってきたからな。時期的に鹿も多いだろう」


 ロイドは一瞬だけ空を見上げ、風の流れを読むように目を細めた。

 それから、自然な調子で言う。


「……俺もついて行っていいか」


 レクトは少し驚いたように眉を上げた。


「珍しいな。お前、そういうの興味なさそうだったのに」

「興味ではない。……観察の一環だ」

「観察、ね。ま、いいけどよ。足、引っ張んなよ?」

「善処する」


 ロイドは無表情のまま頷き、腰のナイフの位置を整えた。


---


 森の中は、湿った土の匂いが濃い。

 陽が木々の隙間を縫って射し、足元にまだ朝露が残っている。

 ロイドは列の最後尾を歩き、周囲の音を無意識に分解していた。


 風の方向、鳥の鳴き止む間、葉擦れのリズム。

 音の密度を測るように耳が動く。


「なぁロイドさん」

 

 前を行く若い男が振り返った。年はレクトより若く、おそらく30付近。名前は確かミルドといったか。

 

「歩き方、なんかすげぇ静かっすね。音が全然しねぇ」

「訓練だ」

「兵士だったんだよな?そんな訓練もするのか」

「……まぁ、そんなところだ」


 短く返し、また歩く。


---


 昼過ぎ。

 一行は小さな川辺で休憩を取った。

 レクトたちが火を起こし、干し肉を炙る。

 ロイドは川沿いの根元にしゃがみ込み、土を指で掘り返した。


「……虫を探してるのか?」

「栄養補給だ」


 答えると同時に、白い幼虫を指でつまみ上げ、口に入れる。

 周囲の男たちの動きが止まった。


「お、おいロイド!? 今、生でいったのか!?」

「貴重な栄養源だ。問題ない」


 当たり前のように言うロイドに、レクトが頭を抱えた。


「お前、冗談抜きでどこでも生きれそうだな……」

「生き延びる手段は多い方がいい」

「そうだけどよ!少しは躊躇するだろ!」


 ロイドは淡々と咀嚼しながら、首を傾げた。

 

「食べない理由が見当たらない」


 その真顔に、誰も反論できず結局、全員が笑いに変わった。

 レクトは腹を抱え、「あーもう本当に退屈しないな」肩を叩いた。

 

---


 午後、森の奥。

 鹿の群れが視界の先に現れた。

 ロイドはしゃがみ、風下を確認する。

 レクトが弓を構えた瞬間、森の音が一度、消えた。


 矢が放たれる。

 真っすぐに飛び、鹿の胸を射抜いた。


 静寂。

 倒れた獲物を見つめ、ロイドが口を開く。


「……見事だ」


 それだけ。

 余計な飾りのない一言。

 レクトは驚いたように笑い、それから少し照れたように息を吐いた。


「おいおい、お前が褒めるなんてな。……ありがとよ」

「事実を言っただけだ」

「だから嬉しいんだよ」


 ロイドは首を傾げたまま、理解できないという顔をした。

 その仕草に、レクトはまた笑った。


---


 焚き火を囲み、鹿の肉を焼く。

 香ばしい匂いが漂う中、髪を短く刈り整えた長身の男、エレクが口を開いた。


「そういやロイドさん、この前うちのガキの喉をつかんだんだって?」

「……反射だった。申し訳ない」

 

 淡々と返す。

 エレクは少し沈黙してから、苦笑した。

 

「……まあ、あのガキも懐いてるし、いいさ。反射、ね……便利な言葉だ」

「便利ではない。修正すべき課題だ」


 真面目すぎる返答に、男は思わず笑った。


「そんな真面目に変えされたら何も言えねぇよ。ったく、あんたの親の顔が見て見たいよ」


 焚き火がぱち、と弾けた。

 ロイドは一瞬だけ空を見て、何でもないように答えた。


「……知らない。俺は、奴隷として売られたからな。物心ついた頃には訓練の生活だった。だから、親の顔はわからない」


 沈黙が降りた。

 レクトが息を呑む。

 それでもロイドの声音は、淡々としていた。


「教えられたことを、繰り返し行なっている。習慣が抜けないだけだ」


 焚き火の音が小さく続く。

 気まずさの中で、レクトがゆっくりと笑った


「……悪かったな。過去を詮索するつもりはなかったんだ。エレクも親である以上、子供の心配はする。ロイドも年齢的に俺たちと同じくらいだろう?ここは俺の顔を立ててはくれないか」


 ロイドは軽く首を傾ける。

 

「今の質問に何か問題があったのか?全く気にしてないが、奴隷として買われてから20年ほど訓練と仕事をしていたからレクトよりも年下だと思う」

 

 焚き火の炎がぱちぱちと音を立てていた。

 ロイドの口から「20年ほど訓練と仕事をしていた」と聞いた瞬間、場の空気がわずかに変わった。


「……20年?」

 

 レクトが眉を上げ、息を呑む。

 

「ってことは……お前、今いくつだ?」


「たぶん、25前後だろう」

 

 淡々と返すロイド。

 その言葉に、ミルドが思わず声を上げた。

 

「はぁ!? まだ25!? 嘘だろ、俺より年下じゃねぇか!」

「見た目的にもう30半ばくらいだと思ってたぞ……」

 

 エレクも目を丸くする。

 ロイドは首を傾げる。

 

「訓練と仕事の繰り返しだったから、年齢を意識したことはない。……見た目は関係あるのか?」

 

 真顔の問いに、誰もすぐには答えられなかった。


「……あぁ、関係あるさ」

「だって、俺たちがまだ村で遊んでた年に……お前は、もう命のやり取りをしてたってことになる」


 その言葉に、エレクが焚き火の火を見つめながら低く呟いた。

 

「……25で、戦いの重さを背負ってるのか。そりゃ、表情も硬くなるわな」


 エレクが俯いたまま、ぽつりと漏らす。

 

「……なんか、悪いこと聞いちまった気がするな」


 ロイドは一瞬だけ視線を落とす。「気にすることはない」獲物を見てそう言う。


---

 

 一行は村への帰路につく。

 地面には血の跡と鹿が2匹分。

 立派な角を持つ雄鹿で、どう見ても二人がかりで運ぶ重さだった。


「よし、縄で吊って運ぶか」

 

 レクトが指示を出すより早く、ロイドは鹿の首を掴み、肩に担ぎ上げた。もう1匹は薪を小脇に抱えるように持ち上げた。


「……ちょ、ちょっと待て、も、持つのか!?」

「重心を取れば問題ない」

 

 淡々と答えるロイド。


 筋肉が軋む音もなく、まるで日常動作のように歩き出す。

 その姿に、他の三人は思わず立ち尽くした。


「いやいや……百キロはあるだろ、あれ」

「嘘だろ……息も乱れてねぇ」

「……ほんとに人間か?」


 レクトは額を押さえ、苦笑する。

 

「おい、少しくらい俺たちの自尊心も残してくれよ……」

「何か問題があるのか?」

 

 ロイドが首を傾げて振り返る。

 その表情に悪気がない分、誰も突っ込めなかった。


「いや、いい……頼もしいことだ」

 

 レクトはそう言って笑い、ミルドが「いやいや頼もしすぎんだろ」と肩をすくめる。


 森を抜け、村の屋根が見え始めた。

 ロイドは鹿を担いだまま、何事もない声で言った。

 

「解体は急いだ方がいい。血が温まって腐りやすい」

「あ、ああ……」


 村人たちはその姿を見るなり、目を見張った。

 まるで山の獣を素手で狩ってきたかのような光景だった。

 レクトは振り返り、ぽつりと呟く。


「……あいつ、人間離れしてるな」


 だがその声は、恐れではなく敬意が込められていた。

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