窓越しの視線
昼過ぎ。
村の通りは陽の匂いで満ちていた。干し草、焼きたてのパン、遠くの井戸から水を汲む音。
人の流れに紛れて歩いていた。肩の力を抜き、視線は胸より下。歩幅は他人と揃える。
任務は単純。麻袋を三つ雑貨屋で購入。
受け取る、支払う、戻る。それだけ。
単純であることは良い。感情を使わないで済む。
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広場の手前で、子どもの声が爆ぜた。
「魔獣だーっ!」「勇者だぞー!」
棒切れを剣に見立てた小さな集団が、笑いながら走り回っていた。
砂埃が舞う。ロイドは斜めに体をずらして通り抜けようとした――
その瞬間。
ひとりの少年が石につまずき、勢いのままにぶつかってきた。
体が先に動く。手首を取り、力を逃がし、もう片方の指先で喉の一点をなぞる。呼吸を止めるための急所。
そこに触れた瞬間、動きを止めた。
刹那の出来事。
少年の目は見開かれ、木の棒が砂の上にぽとりと落ちる。
周囲の笑い声が消え、風の音だけが残った。
「……反射だった。すまない」
ロイドは手を離し、事実を報告するように言った。
少年は半歩さがり、胸を押さえた。泣かない。強い子だ。
ロイドは地面に落ちた棒を拾い、重心を確かめ、指で折れやすさを確認してから――差し出した。
「これだったら魔獣も倒せそうだ」
少年はきょとんとしたまま受け取る。
次の瞬間、隣の子が「ほんとに?」と笑い、空気がゆるんだ。
笑い声が少しずつ戻ってくる。
ロイドはそれを確認してから、再び歩き出した。
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雑貨屋の窓の向こう。
セレナは静かにその光景を見ていた。
小さく目を見開き、それから、何かを確かめるように視線を伏せる。
ほんの数秒の出来事だったが、彼女の胸に小さな違和感を残した。
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ロイドが店の扉を押すと、鈴の音が転がるように鳴った。
奥から足音が近づく。
「いらっしゃいま──」
声が止まり、すぐに笑顔を作る。
「……ロイドさん、こんにちは。外で子どもたちと遊んでたんですか?」
「いや。接触事故だ」
「……事故、ですか」
微妙な間。
セレナは首をかしげながらも、いつもの口調で続けた。
「で、今日はお買い物ですか?」
「麻袋を三つ。丈夫なものを」
ロイドの声は淡々としていた。
セレナは頷き、棚から数枚の袋を取り出して並べる。
「このあたりはどうです? しっかり織ってありますし、少しくらい引っ張っても破れません」
そう言って、生地を両手で引っ張ってみせる。
ロイドも真似して同じ力で引いた。
――破れた。
ぱん、と短い音。
「……壊れた」
「え、ちょ、そんな力入れてないですよね!?」
セレナが慌てて駆け寄る。
ロイドは少し考えてから、袋の繊維を指で撫でた。
「構造的欠陥だ。縫い目が浅い」
「言い方! もう少し優しく言いましょうよ!」
結局、予備の袋を三つ選び、銀貨を二枚置いた。
受け取ったセレナが、少しだけ迷ったように言う。
「……さっきの子ども。あの子、怖がってませんでしたか?」
「反射だった。訓練の名残だ。怖がらせるつもりはなかった」
事実だけを告げる声。
セレナはその冷静さに、かすかに笑った。
「ロイドさんって時々すごく真面目ですよね」
「時々ではない。常にだ」
「ふふっ、そういうとこです」
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外へ出る。
昼の光がまぶしい。子どもたちがまた遊び始めていた。
「ロイド兄ちゃん、次は魔獣やってー!」
「……休戦だ」
「なんでー!ぶーぶー!」
子供たちを残し足早に通りを抜けた。
袖口を少し撫でる。
少年の喉に触れた感触が、まだ指に残っていた。
肌の上に“殺し”の記憶が刻まれている。
「……反射は制御可能。問題なし」
報告のような声が、風に溶けた。
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村の通りを抜け、小屋へ戻る。
窓の外では、子どもたちの笑い声がまだ続いていた。
ロイドはその音を聞きながら、小さく呟く。
「……訓練の成果。次は、反射対象の区別だ」
淡々とした声に、どこか微かな温度が宿っていた。




