襲撃
村の門。外側の草地に、三つの影が並ぶ。ガルドは盾を構え、フィオは身を低くし、アルウィナは杖を握り直す。
ガルドのは落ち着いているが、指先は僅かに硬い。昼の報告の時点で、上位個体の足跡が混じっていることは把握済みだ。
「夜の森って、やだね〜。音が全部悪い方に聞こえちゃうもん」
フィオは軽口を叩きつつ、視線は森の縁から離さない。
「二人とも集中しなさい」
アルウィナが淡々と言う。
その時だった。
――カラン、カラン。
遠くで金属が触れ合うような、乾いた音。続いて草を裂く音が、一定のリズムで近づいてくる。罠のひとつが踏まれたのだ。
「来るぞ!」
ガルドが短く言い、盾を前へ出す。
森の闇が、ほんの少しだけ濃くなる。そこから、二つの影が滑り出た。
緑の肌に小柄で、前屈み。手には粗末な武器。ゴブリンだ。
「二体。数は――二匹。斥候だ」
ガルドが囁く。フィオは頷き、地面を蹴った。一体が門へ向けて走る。走り方が軽い。
「させないよ」
フィオの短剣が月明かりを掠める。喉元を狙った一閃。だが、ゴブリンは身をひねり、刃を躱した。
「……避けた?」
フィオが目を細める。次の瞬間、ゴブリンの武器がフィオへ伸びた。狙いは腕。武器を落とさせる動き。フィオは一歩引いて受け流し、足元を払う。転ぶ――が、すぐに跳ね起きる。
「ちょっと。こいつ、やけに慣れてない?」
「後ろ!」
ガルドの声。
もう一体が、森の縁から弧を描くように回り込み、門の脇へ走っていた。
「アルウィナ!」
「分かってる!」
アルウィナが杖先を軽く振る。
「拘束魔術!」
地面の草が一瞬、縄のように絡み、足首を締める。動きが止まる。ガルドが踏み込み、盾で顎を強打する。
鈍い音をたて地面に沈んだ。
「一体、制圧。フィオ、もう一体――」
「任せて!」
フィオが距離を詰める。今度は躱されないよう、相手の目線を外し、肩口へ刃を滑らせる。血が飛び、呻く。
その瞬間。
森の奥で、木が軋む音がした。
いや、木々を“押し分ける”音だ。
――ガサ、ガサ、ガサ。
小さな影が、増える。
一本、二本。短槍、棍棒、粗末な盾。目が光る。
「……来るわよ」
アルウィナの声が低くなる。
先頭に出たゴブリンが三体。門へ向けて一気に走った。
「フィオ、右!」
「わかってるって!」
フィオが右へ回り、走る一体の足首を切る。転んだところへ、頭蓋骨は致命傷となるナイフ。
ガルドは正面を受ける。盾で槍を弾き、剣で腕を切り落とす。
「門から離すぞ!絶対に中に入れさせるな!」
ガルドの指示に、二人が頷く。しかし、森はまだ吐き出す。
五体、六体――いや、もっとだ。今度は、背丈が高い個体が混じった。肩幅が広く、前腕が太い。
「ホブ……!」
フィオが舌打ちする。
ホブゴブリンが、仲間を押しのけるように前へ出た。棍棒を振り上げ、ガルドの盾へ叩きつける。
ゴンッ!
腕が痺れるほどの一撃。
「ぐっ……重い……!」
ガルドが一歩下がる。そこへ、左右からゴブリンが噛みつくように突っ込んでくる。
「散開!囲まれないで!」
フィオは声を張るが、数が多い。波のように押し寄せる。アルウィナが息を吸う。詠唱の間がいる。だが前衛が押されれば、間が潰れてしまう。
「ガルド、少し下がって!」
「了解。フィオ、合わせて!」
二人が一瞬だけ距離を取る。その隙を、アルウィナが拾う。
「氷槍魔術!」
地面の湿り気が瞬時に凍り、尖った槍が二本走る。ゴブリンの足を貫き倒す。だがホブには浅い。皮膚が硬いのか、致命には届かない。
「効きが……悪い!」
「ホブは通常個体より魔術に耐性あるのよ!」
アルウィナが歯を食いしばる。
ホブが棍棒を振り回し、門前の草を薙ぐ。フィオが跳んで躱すが、着地を狙って槍が飛ぶ。
「ちっ――!」
フィオが肩を掠め、血が滲む。
三人は予想していたよりも多くのゴブリン、そしてホブの出現、その連携に苦戦していた。
攻めあぐねていたその時、門の内側から張り詰めた声が飛んだ。
「――弓、構えろ!」
村人たちだ。夜間外出を禁じたはずなのに、門の内側に弓持ちが並んでいる。無茶だ、と言いたいが、誰も止められない。
門の上に松明が増え、光が門外を照らした。
ガルドは一瞬だけ舌を打つ。増援は嬉しい。だが民兵は脆くパニックになれば容易に崩れる。
「撃つなら合図を待ってください!矢は無駄にしないで!」
ガルドが声を上げる。
しかし、その返答代わりに一本の矢が放たれた。
――ヒュン。
風を切る音。
矢は、ホブゴブリンの眉間へ吸い込まれた。
矢は頭蓋に命中し奥深くまで突き刺さった。身体が一瞬硬直し、そのまま崩れ落ちる。
「……え」
フィオが間の抜けた声を漏らす。門の内側。弓を引き絞った男がいた。
レクトだ。
視線は揺れず、呼吸も乱れていない。まさしく狩人の目だ。
「酒飲んで怒られてるだけの男だと思ったか?」
レクトの声が飛ぶ。矢が続く。二本、三本。
走り込むゴブリンの喉、肩、膝を正確に射抜き、動きを止めていく。
うまい、という言葉では足りない。戦場で鍛えた兵の射撃に近い。もしくはそれ以上。だが彼は村人だ。狩りで培っただけのはずなのに。
「こう見えて小さい頃から狩りの練習は欠かしてないんだ」
レクトという男は選ばれた特別な人間ではない。至って普通の人間だ。
強いてあげるなら、狩りの才能に恵まれながら、その努力を欠かさなかった。他でもないロイドがその腕を評価するほどのものだ。
「今だ、押し返すぞ!」
ガルドは盾を前に出し、剣を振る。フィオは倒れた個体の陰を使い、足元を切って転ばせる。アルウィナは詠唱を短く刻み、凍結と束縛で動線を潰す。
ゴブリンの波が、一度途切れた。
だが――森の奥が、まだ暗い。
草を踏む音が止まらない。今度は、斥候みたいな軽さじゃない。まとまった足音が、隊列のように近づいてくる。
「まだ来るの……!?」
フィオが歯を見せる。
ガルドは深く息を吸い、声を張った。
「門から離す!村の人は、門の内側から援護を!」
返事の代わりに、弓の弦が鳴る。村人たちは震えている者もいる。それでも、矢をつがえる手は止まらない。誰かの背中に、別の誰かが肩を寄せる。
村人たちの結束は強い。
森から、また数体。ゴブリンが五。ホブが二。合計は二十に届きそうだ。
ホブの一体が門へ向けて突っ込もうとした。棍棒を振り上げ門を叩き割るつもりだ。
「狙いは門――!」
ガルドが叫ぶより早く、弓の弦が鳴った。
――ヒュン、ヒュン。
一射目がホブの目を貫き、二射目がその喉を裂いた。勢いのまま走っていた身体が、門の手前で膝から崩れる。
「ちょっ……あの人うますぎない!?」
フィオの驚嘆。
「ほんと、この村どうなってるのよ」
アルウィナが短く返す。褒め言葉の形をした警戒に近いものだった。
門の内側では、若者が矢筒を回し、老人が松明を掲げている。誰も外へ出ない。けれど、誰も逃げない。
ガルドはその背中を見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……次の波を受けたら、門前が崩れる。なんとかするぞ」
「なんとかってどうやって?」
「三人で押し返すぞ!」
「結局それ!?もう……いつも通りってことね!」
合図は要らなかった。三人は同時に動き、村の矢がその背を押す。
ゴブリンが倒れ、ホブが膝をつき、門前の数が目に見えて減っていく。
盾に当たる槍の衝撃。短剣が肉へ入る感触。氷が割れる音。矢が刺さる音。全部の音が混ざり合っている。
その戦いはしばらく続き、ゴブリンの波が途切れた――
「これでひと段落か」
誰かがぽつりと漏らす。
しかし、森の奥に目をやると暗闇がまた一段と深く見える。
すると木々の間から、ぬっと影が現れた。
背丈はホブより高く、皮膚は赤みを帯び、筋肉が鎧のように盛り上がっている。
手には、粗末な武器――いや、鉄が混じった棍棒が握られていた。
残ったゴブリンたちの動きが一瞬止まり、道を開けるように左右へ割れる。
ガルドは唾を飲み込んだ。
「……うそだろ」
その影が、ゆっくりと顔を上げる。
黄色い目が、門前の光を受けて光った。
――ゴブリンチャンピオン。
誰もが言葉を失ったまま。夜だけが、静かに息をする。
次の瞬間に来るものを、全員が理解していた。
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