冬を越すために
森に入ると、夜気はさらに鋭さを増した。
枝を踏む音ひとつが、異様な静けさの中でやけに響く。
「じゃ、じゃあ俺はこっちの方……小物中心にいくからな!」
ダリオは震え声を隠すように矢筒を揺らし、別の獣道へ歩き出した。
「……好きにしろ。無理はするな」
「しねぇよ!ミラに怒られたくねぇからな」
そんな軽口を残し、ダリオは闇の中へ消えた。
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ロイドは一人、息を整える。
視線の奥に灯るのは――村での柔らかさとはまるで違う、任務の光。
静かに地を蹴る。
夜の空気は冷たく、土の匂いは冬の近さを告げている。
歩幅も呼吸も音を殺し、木々の間を“影のように”進む。
――時間は無駄にできない。
冬を越えるには相当量の肉が必要なはずだ。
ゴブリンの気配もある以上、森に余分に踏み込むのは避けるべきだろう。
効率を最大化するなら――
ロイドは立ち止まり、指先に魔力を灯した。
光でも炎でもない。
ただ、空気を震わせるわずかな“選別の波”。
「……選定型探索魔術」
詠唱なし。陣も光も出ない。
普通の三等級魔術ならもっと派手だが、ロイドは構築式そのものを削っている。その方が効率的だからだ。ロイドの魔力が一瞬で森を走り、“獣の位置”だけが脳裏に浮かびあがる。
「……十分だ」
魔力を切り、夜気に溶かす。
ロイドは木々の影へ滑るように消えた。
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最初に見つけた獲物は鹿だ。群れの端にいた一頭が耳を立て、気配に気づく前に矢が静かに喉を貫いた。
倒れる前に支え、音を殺し、肩に担ぐ。そのまま村の入り口へ走り、そっと置く。
……次。
息も乱れず、再び森へ戻る。
二度目。三度目。四度目。
深夜から明け方までに、ロイドは何度も森と村を往復した。
猪が二頭。大きめの鹿が三頭。中型の獣が三頭。
普通の狩人なら一晩で一頭が限界だ。だがロイドには関係なかった
狩りを続けていると森の奥で、重い呼吸音が響いた。
ロイドは足を止める。湿った土の上を、巨大な影がゆっくり横切った。
熊。しかし、魔獣化はしていない。
肩幅が尋常ではない。冬に向けて脂が乗り、鈍重な巨体。だが、その目は獰猛で獲物を見る目だ。
熊が地を蹴る。
「……効率が悪い」
ロイドはつぶやき、半歩だけ動いた。突進の軌道はズレ、熊の前脚がロイドの横を裂く。その直後、ロイドの刃が首を目がけて沈む。
返り血の熱が頬にかかる。
巨体が崩れ落ちた。首からは鮮血が飛び散る。まだ息はある。ロイドは無表情に生命線を断ち切る。
……これも村の冬を越すための材料になるか。
熊を肩に担ぐ。重さを全く感じさせない動きだった。
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熊を肩に担いだまま、ロイドは森を歩き出た。返り血は乾ききり、衣は黒く染まっていたが、足取りは変わらない。
朝日の差しはじめる村の門。その手前に一人、倒れている影があった。
ロイドは近づき、静かに確認する。
「……ダリオか」
弓を抱えた姿勢のまま、泥にまみれて眠っている。その横には、野兎や鳥、さらに食用の野草や木の実が山のように置かれていた。
限界まで動いたのか。
ロイドは目を細めるだけで、起こすことはしなかった。やがて、村の男たちが数人、いつものように見回りへと来た。
「……なんだ、あれ……」
そこには、熊を担いだロイド。
「うおっ……!」
誰も声を出せない。その血まみれの姿も、何倍もある大きさ熊を容易く持ち上げる姿も村人には“異質”だった。しかしロイドは何かを気にした様子もなく、熊を静かに地面へ降ろす。
すると、村の方からレクトが焦った様子で駆け寄ってきた。
「お、おいロイド!!なんだその格好は……!どこやられた!」
「問題ない。全て返り血だ」
「問題ないわけないだろうが!」
レクトは思わずロイドの胸ぐらを掴み、そのまま抱きしめた。
「一人で無茶するな……マジで……」
「汚れるぞ」
「いい。汚れていい」
ロイドは抱擁を振り払わなかった。温度を持った腕の重みを感じつつ、ただ受け入れていた。
……悪い気は、しない。
レクトが手を離すと、ロイドはすぐ横で眠るダリオへ視線を向けた。
「俺は栄養素までは考えていなかった」
「は?」
「俺は肉を中心に集めた。狩りと言う言葉の先入観にとらわれていた。しかし――」
ダリオの集めた小動物、野草、果実を淡々と見渡す。
「冬場を考えるなら理にかなっている。ダリオの判断は……評価に値する」
レクトは顔をしかめた。
「へぇ……お前が褒めるの珍しいな」
ロイドは返事をしない。
「……ってか、なんかうなされてるぞあいつ」
レクトがダリオを見る。疲労で眠り込みながら、眉をひそめ、小さく呻いていた。
「う……うう……く……やめ……」
「まぁ……ロイドの評価なんて寝てる時に聞いたら、そりゃ怖ぇ夢も見るわな」
レクトが肩をすくめる。ロイドはその言葉を特に拾わず、熊の位置を整え、短く言った。
「後処理をする」
「おう……助かったよ。本当に」
ロイドは軽く頷き、獲物の整理へ歩き出した。
村には、静かに――確実に、冬を越せるだけの安心が満ち始めていた。




