揺れる境界
狩りを途中で切り上げ報告に来たロイドとレクト。
その報告に村長は顔色を変えた。
「ゴブリンか……本当に、間違いないのか?」
「足跡の特徴からほぼ確実だ。群れを形成している」
ロイドの言葉に村長は喉を鳴らし、背を丸める。
「……この村にも来るのか」
レクトが拳を握りしめる。
「冬前だし、食糧を求めて動いてんだろうってさ。何にせよやばいのは間違いない」
村長は震える手で机を叩いた。
「……冒険者ギルドに救援要請を出す! すぐだ!」
若者が伝令として走り出す。
家の外もざわつき始めていた。
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「レクト!どうしたんだい!?」
家を出ると、誰よりも早くメリーが駆け寄ってきた。
「怪我はないのかい!?何があったのさ」
「落ち着けメリー。俺たちは無事だ」
「無事なわけあるかい!あんたの顔がそう言ってないじゃないか」
レクトに詰め寄るメリーの声には不安と安堵が入り混じっていた。
ロイドにもその違いがわかるようになってきている。
「……ゴブリンの足跡を見つけた」
「……っ」
メリーの顔色が変わる。
「すぐ村長にも言った。救援を頼んでくれるってよ」
レクトが安心させようとメリーの肩に手を置くと、メリーはロイドの胸を軽く拳で叩いた。
「ありがとね、あんたがいてくれて良かったよ。この人だけだったら危ないったらありゃしない」
「レクトの監視は問題ない」
「おい、なんで監視なんだよ!メリーもメリーだぞ!旦那をもっと信頼してもいいだろ!」
「あのねえ、信頼してるからいなくなったら困るのよ」
メリーは呆れたようにため息をつくが、その返答にレクトは気恥ずかしくなったのか頭をぽりぽりとかいていた。
その光景は、ロイドの胸に不思議な心地よさを染み込ませた。
「他の人にも伝えてくる。また」
「お、おう。気をつけてな!」
そして、ロイドの足は迷うことなく雑貨屋の方へと向かった。
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「ロイドさん!」
さきに声を上げたのはセレナだった。雑貨屋の前から走ってくる。
「さっき村の人から聞きました……ゴ、ゴブリンが……?」
「間違いない」
セレナの顔が青ざめる。
「あ、危ないじゃないですか……っ!だ、だってロイドさん、前に魔獣に襲われた時も……!」
「今回はまだ何も起きていない」
セレナは唇を噛んだ。目を瞑ると、血だらけで森から帰ってきたロイドの姿が浮かぶ。
「……でも、ロイドさんはすぐ一人で行っちゃうから……」
その言葉にロイドはわずかに首を傾げる。
「合理的な判断だ」
「合理的だろうとなんだろうと心配するんです!それが普通なんです!」
目の端に涙すら浮かんでいた。
「……普通。そうか。気をつけよう」
「っ……! それなら……いい、です……」
セレナは胸に手を当てて深呼吸をする。
その姿を見てロイドはほんのわずかに息を吐いた。
こういう時の対処は以前より慣れてきている気がした。
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その日の夕方、住人が広場に集められた。
「落ち着け!そこあまり騒ぐな!」
村長の声が響く。
「魔物の痕跡が見つかった!だが冒険者ギルドへ救援を要請した。近いうちには来てくれるだろう!」
広場に不安のざわめきが走る。
「祭りはどうするんだ!」
「準備したのに……!」
「ゴブリンがいるなら中止だろ!?」
「いや、冬どうするんだよ。祭りとはいえ食糧は必要だぞ!」
声が渦巻き、広場の空気がひりついていく。その空間を感じ取った子供たち泣き出し、抱きしめる母親の姿もあった。
不安が形をもちはじめていた。
その混乱を割るように、レクトが前に出た。
「村の外に出ない!夜は家から出歩かない!これだけ守ってりゃ被害は出ない!大丈夫だ!」
その言葉に村人たちは少し落ち着きを取り戻しつつあった。しかし、完全に不安が消えたわけではない。
ロイドは広場の隅でその様子を見ていた。
恐怖。
不安。
焦り。
そのどれもが、自分には遠かった感情だ。
だが今は、隣に立つレクトの顔色が悪いと胸がざわつく。
……変化か。
それが良いものなのか悪いものなのか、ロイドにもわからない。
ただ――“守るべき対象がある”という事実だけは理解できていた。
ロイドが声を上げた。
「狩りは俺が行く」
レクトは一瞬だけ驚き、すぐに表情を険しくする。
「一人は――」
「問題ない」
ロイドの声音は静かだが、どこか“任務”の時のそれに近い。
「……ああ。まあ、お前が言うなら……」
レクトは何かを言いかけたが、ロイドの顔を見て言葉を飲み込んだ。
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夜、荷物を詰めながらロイドの表情はいつもよりわずかに硬かった。
怒りでも焦りでもなく――余計な感情を削落ぎとしたような。まるで、身体の奥にひそんでいた別の人格が静かに姿を現したかのような――そんな冷えた気配。
刃を拭う手つきは、村に来てから見せていた動きとは違う。
過不足のない最短の動作。
“手順”として身体が覚えている動き。
準備が整うにつれ、気配が少しずつ変化する。
村の人々と触れ合っていた時の柔らかさが薄れ、代わりに冷たい規律のようなものがにじみ出る。
しかし、扉に手をかけた時ほんの一瞬だけ――
セレナの泣きそうな顔が頭をよぎった。
「……報告もしている。問題ない」
自分に言い聞かせるように呟く。
「……始めるか」
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村の門へ向かうと、誰かがそこに立っていた。
松明の火に照らされて浮かぶのは――
「……お前か」
ダリオだった。
「よぉ。待ってたぞ」
ロイドはわずかに目を細めた。
「何のつもりだ」
ダリオはロイドの顔を見た瞬間、わずかに肩を強張らせた。あの時の――森で静かにこちらを見るあの時のロイドのように見えたからだ。
「お、俺も行くに決まってんだろ。大体な、こっちはミラに『ロイドさんばっかりに頼っちゃダメだよ』って言われてんだよ……一人よりかはいいだろ」
ロイドは小さく息を吐いた。
「好きにしろ」
「はっ、まさかこんなとこで訓練の成果を確認するとは思いもしなかったぜ」
ダリオは笑い、前を向いた。
「お前は大物。俺は小物を狙う。合理的が好きなんだろ?」
「……悪くない」
二人の影が夜の森へと伸びていく。
――秋の狩りは、予想以上に重い意味を帯びて始まろうとしていた。
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