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食卓の温もり

 夕刻。

 空は茜色に染まり、煙のような雲がゆっくりと流れていた。

 村の広場では子どもたちの笑い声が響き、遠くの家々からは晩飯の匂いが漂ってくる。


 ロイドは採れたての野菜を眺めていた。

 朝、メリーからもらったものの残りだ。

 土の香り、瑞々しい色。

 “普通の生活”とは、こういうものを調理して食べるのだろう。


 だが、火加減も味付けも知らない。結局、生のままかじる。それが一番手間がない。


 そのとき――。


「ちょっと、あんた! まさかまた生で食べてるの!?」


 甲高い声に顔を上げると、メリーが腰に手を当てて立っていた。

 後ろには、肩をすくめた中年の男がいる。


「メリー、そんな言い方するなって。ロイドさん、驚いただろう?」


 その男――レクトは、苦笑しながら頭をかいた。

 日焼けした肌に穏やかな目つき。どこか“場慣れした優しさ”を感じさせる。


「お前さん、もし時間あるなら今夜うちに来ないか? どうせ飯を作るならいいだろう?」


 唐突な誘い。だが断る理由もない。村に溶け込むにはちょうどいいだろう。


---


 レクトの家は村の中心から少し外れた場所にあった。

 木造の二階建てで、窓から温かな灯りが漏れている。

 扉を開けた瞬間、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


「おお、いい匂いだろ? メリーの料理は村でも評判なんだ」


 レクトが笑う。

 メリーは鍋の蓋を開けながら振り向いた。


「まったくもう、生で野菜食べるなんて信じられないわ。土は落としたけれどちゃんと洗って皮も剥かなきゃダメじゃない」

「……了解した」


 短い返答に、メリーは思わず吹き出した。


「ほんとに真面目なんだから」


 ロイドは首を傾げた。

 笑われているのか、褒められているのか判断がつかない。


---


 食卓には三人分の皿が並び、湯気が立ち上っていた。

 煮込まれた野菜と肉の香りが、空腹を刺激する。


「さ、遠慮しないで食べて」


 ロイドは言われた通り、スプーンを取った。

 一口。舌に温かさが広がる。

 次の瞬間、わずかに手が止まる。


「……温かい」


 メリーとレクトが顔を見合わせる。

 自分でもなぜ口に出したのか分からなかった。

 今まで、食べ物に“温かい”という感想を抱いたことがない。あくまでも必要な栄養を摂るための行為にすぎなかった。

 レクトが笑って杯を掲げる。


「ほら、酒もどうだ。本当は友人たちと隠れて飲むはずだったんだがな、メリーに見つかってお前さんに振る舞わなきゃ捨てるって言われちまってな……」


 ロイドは少し迷い、杯を受け取った。

 口に含むと、鼻に抜ける香りがどこか懐かしい。

 

「……悪くない」

「もう、またそれ?」

 

 メリーが笑う。

 

「あなたって、なんでも“悪くない”で済ませちゃうのね」


 ロイドは、答えを持たなかった。

 言葉というものの使い道はあまりに多すぎる。



 暖炉の薪がパチっとはぜる。


「ロイドさん、村の暮らしはどうだ?何か不自由なこととかないか?」

「……まだ分からない。だが、悪くはない」


 火の粉が舞う。

 ロイドは黙ってそれを見つめた。

 レクトが酒を注ぎながら言った。

 

「お前さんが何者でも構わんさ。今は同じ村人だ。うまい飯食って、笑ってりゃそれでいい」


 ロイドは視線を落とし、少しだけ息を吐いた。


「……それが、“普通”か」

「そうさ」

 

 レクトは笑い、焚き火に木をくべた。


---


 夜風が冷たい。

 小屋へ戻る途中、ロイドは空を見上げた。

 星が澄んでいる。


 “温もり”という感情は、まだ理解できない。

 だが、心の奥にほんの小さな火が灯ったような気がした。


 ――これも、訓練の成果のひとつなのだろう。

 

睡眠時間ゴリゴリ削れてる気がします

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