狩りと、不穏な爪跡
朝の空気に白い息が混じるほど冷たくなっていた。
こういう季節の移り変わりを気にするのも、村に来てからか。
そんなことを思いながら、ロイドは狩りの集合場所へ向かっていた。
「よし、今年も狩りの時期だな!」
「冬に備えて肉も欲しいし、祭りでふるまう分もいるしな!」
広場には男衆が集まり、皮袋や弓矢を整えていた。
若者たちは少し浮き足立っている。豊穣祭における狩りは村にとって一大イベントだ。
「ロイド、お前はこっちだ!」
レクトが大きく手を振り、ロイドを呼ぶ。
「前に行ったときは鹿二匹だったからな。今回は五匹くらい狙うか!」
レクトは冗談めかして言うが、目は本気だ。
そしてもちろんロイドに冗談は通じない。
「俺が三匹持とう。二匹はレクトが持てばいい」
「欲は出すもんじゃないな。三匹取れればいいな、うんうん」
周囲の若者が小さく笑い、レクトは耳の後ろをかいた。
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森に入ると、落ち葉を踏む音が静かに響いた。
風が冷たく、木々の隙間から差し込む光は柔らかい。
「今年は干ばつの影響で少し数が減ってるみたいでな。鹿でもいればいいんだが……」
「足跡はある」
レクトが驚いたようにロイドを見る。
「深さは浅いが二日以内の古さだ。小鹿も一頭混ざっている。これだ」
ロイドは土に残る足跡を指さす。
「……これでも長いこと狩りしてんだけどなあ。お前の目にはかなわないな」
レクトは呆れたような、感心したような声をもらす。
2人は獣道に沿ってゆっくりと進んでいった。
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しばらく歩いた後、ロイドがふいに口を開く。
「……この前の騎士団が来た日の夜。小さくはあるが祭りのようなものがあった。酒が好きなレクトがその場にいないのも、食事の準備にメリーがいないのも不自然だ。何かあったか」
レクトは歩みを止めた。
「ほんとよく見てるよなお前は……まあ、ちょっと王都のことで聞きたいことがあってな。別に大した話じゃねぇよ」
ロイドは一瞬だけレクトを見た。
沈黙。だが、それは冷たい拒絶ではない。
「……そうか」
レクトは目を瞬かせ、ふっと笑った。
「……お前のそういうとこ俺はけっこう気に入ってんだ。相手の事情を無理に聞こうとしないとことかな。人によっちゃ、他人に興味がないだけだーなんていうかもしんねぇけど、俺はそうは思わねぇよ」
「……他人に対する興味、か」
ロイドには他人どころか自分についても考えることは特になかった。喜びも、怒りも、悲しみも、人を愛する心もない。ただ任務を処理する。そのように育てられてきた、いや、つくられてきたからだ。
しかし、それは村にきて生活を続け、他者との交流をするようになってから小さくではあるが変化しつつある。ロイド自身も薄々ではあるが感じていた。
「こうやってロイドが、俺とかメリーの話を少しでもしてくれるのが嬉しいんだよ」
レクトは何かを決めたようにロイドをみる。
「あー、実はその日のことなんだが……」
レクトが続けようとした、その瞬間――
「……ん?」
レクトがロイドの横の茂みを見て、眉を寄せた。
「おい、ロイド。あれ……」
レクトが指さす先は茂みだ。
茂みをかき分けると、そこには奇妙な跡があった。
細く長い三本の爪。踏み込みが軽く、歩幅は不自然に狭い。小さな子供のような歩幅だった。
動物ではない。人でも、村人でもない。
ロイドは指先で泥を払って形を確認し、端的に言った。
「……魔物だな。二足歩行で体重は少ない。特徴的にはゴブリンの足跡だ」
レクトが息を呑む。
「は、はぁ!?ゴブリン!?いやいや、あいつらは魔族の領から出ないはずだろ!」
「冬前は食糧を求める。人間と同じだ。それに……」
ロイドがさらに茂みをかき分ける。
レクトの顔から血の気が引いた。
「な、なんだよ……この足跡の数……」
かき分けた先にはいくつもの足跡が残されていた。
「ゴブリンの習性だ。ゴブリンは目印になるように足跡を残す。足跡の深さからみて、ここを通ったのは一日以内だろう」
「……最悪だな」
ロイドは森の奥に視線を送る。
木々の奥で、なにかがわずかに動いた気配がした。
風の揺れではない。
獣でもない。
もっと……軽くて速い。
「……気配が多い。まだ周辺にいる可能性がある」
「まじかよ……祭りどころじゃなくなるぞ……」
「村に知らせよう。ゴブリンは馬鹿じゃない。魔族領とは別に巣を作ってる可能性が高い。その巣に帰って準備を整え、人目につかない道を通ることを考えれば五日はかかるはずだ。それにこの足跡の数……それなりに大きい群れだ。そう簡単に移動はできないだろう」
レクトは大きく息を吐き、覚悟を決めた顔になる。
「ロイド、お前が一緒で助かったよ。俺一人だったら、そこまでの事は考えられねぇ」
「この足跡に気が付いたのはレクトだ。その観察眼は称賛されるものだ」
「そ、そうか?いやー、やっぱり長いこと森で狩りしてるからな」
レクトは笑い、足跡から少し離れた場所に立つ。だが、そこにはいつもの余裕はないように見えた。
ロイドはその横に静かに並んだ。
森の風が二人の頬をなでる。
その風の中に、ほんのわずかだが“血の匂い”が混ざっていた。
ロイドだけが、それに気づいた。
「戻ろう。早急に伝えるべきだ」
「ああ……ただの秋の狩りのつもりだったんだけどな。まさかこんなもん見つけるとは……」
レクトが苦笑し、荷物を担ぎ直す。
二人は森を後にし、報告のため村に急いだ。
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