夜は明るく、優しく
夜の帳が落ちるころ、村の中央には焚き火がいくつも焚かれ、素朴な木の机にはパンと肉と果実酒が並べられていた。
「今日は歓迎と報告を兼ねて、ささやかだが振る舞わせてもらう!」
村長の声に村人と騎士が混ざって拍手が起こる。豪勢な宴ではない。
騎士たちは最初こそ警戒していたが、次第に村人の素朴さにほぐれ、酒杯を交わし始めた。バルドは焚き火から離れた場所で盃を傾け、ラグナとアリアも近くに腰を下ろしている。
そして――その焚き火から一歩離れた石の上に、ロイドは静かに座っていた。
村人に勧められた盃を持ったまま、口には運ばない。ただ炎の揺らぎを黙って見つめている。その隣に、セレナが静かに座っていた。
距離は近く、けれど決して触れ合ってはいない。その間合いは、妙に自然で、妙に人を落ち着かせる空気を生んでいた。
「ロイドさん、お酒お口に合いませんでしたか?」
「そんなことはない。ただこの雰囲気を感じていた」
「楽しいってことなんだと思いますよ」
その会話を聞いた近くの村娘たちが、囁き声を立てる。
「やっぱりロイドさんって第一師団の人なんだよね!?」
「セレナさん、玉の輿ってこと……!?」
それを聞いたラグナが酒杯を置き、わざとらしく咳払いをした。
「……ロイド殿。少し、聞いても?」
焚き火の火花が弾ける。ロイドは視線をゆっくりとラグナに向けた。
「なんだ」
「あなたとセレナ殿は……その……婚約のご予定か何かあるのですか?」
その瞬間、セレナの肩が跳ねた。
「ちょっ、え、ええっ!?な、ななにをっ……!」
騎士たちの数名が「おっ」と声を洩らし、村の若い娘たちも身を乗り出す。完全に“恋愛の空気”が焚き火の周囲を支配し始めた。
しかし、ロイドは変わらぬ表情で、淡々と口を開いた。
「セレナとは婚姻関係にない。俺は村人としてここにいるだけだ」
セレナが「うっ」と息を止め、安堵と残念さの入り混じる複雑な表情を浮かべる。そこへ――ロイドの視線が、静かにラグナとアリアへと向かった。
「お前とアリアの方が婚姻には近いだろう」
「――は?」
ラグナがぽかんと口を開き、アリアは一瞬で頬を染めた。
ロイドの声は、まるで「今夜は冷える」と言う程度の自然さで続いた。
「お前は訓練がない日の夜、変装してアリアと共に王都の外れへ食事に行っている。帰還の際は手を繋ぎ、人目のない路地で数分立ち止まっている」
「なっっ――!?!?!?」
アリアの肩が跳ね、ラグナは手に持っていた盃を落とした。周囲の時間が止まる。焚き火の音すら遠くなる。
ロイドは首をわずかに傾けた。
「王都では二人の目撃情報もある。第一師団団員の名前と行動は全て記憶している。漏れはないはずだ。お前たちは密な関係なのではないのか?」
バルドの盃が止まる。
――第一師団の記録をいったいどこでどうやって……。
ラグナは顔を真っ赤にし、アリアは耳まで染めながら立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ちなさいロイド殿!?い、いいつ見ていたのですかそれはっ!」
「記録は全て記憶している。王都だけではない。お前たちは座る位置が常に互いの死角にあり、互いが近い距離では心拍が通常時よりもやや早い。訓練された兵士なら、仲間とは一定の距離を取るはずだが……二人の場合は距離が“近すぎる”」
「うわああぁぁっ!!」
ラグナは頭を抱えて叫び、アリアは顔を覆ってしゃがみこんだ。
村人たちはぽかんと口を開け、次の瞬間には笑い声が爆発した。
「えぇぇ!?アリアさんとラグナさん、そういう関係だったの!?」
「お似合いじゃないか!」
「ロイドさんすごい!なんでわかったの!?」
「ロイドさんってやっぱり第一師団の人なんだ!」
セレナはロイドの袖をつまむ。
「……ロイドさん、そういうのは……その……あまり大きな声で言わない方が……」
ロイドはゆっくりと目を瞬かせた。
「小声にすればいいのか?」
「そ、そういうことではないんですけど!!」
焚き火の火が高く舞い上がり、村の夜は静かな熱気に満たされていった。
その光景を見ながら、バルドは盃を口に運び、静かに思う。
この男はやはり……人という枠には収まらぬ。しかし……なるほど。“普通の生活をしようとしている”とは……こういうことか。
炎の揺らぎの中で、ロイドをただ静かに眺めるバルド。そして遅れて反応する。
「……恋仲!?ラグナとアリアが!?」
その日の熱気はいつにも増して温かく、心地よいものだったという。




