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バルド・グラズヘイン

だんだん登場キャラが増えてきたので近いうちに登場人物一覧つくります!

 その日、朝の空は晴れていた。けれど、胸の奥は、雨雲で塞がれているように重かった。


 村の入口に立ちながら、ダリオは何度も唾を飲み込んだ。喉が焼けるほど乾いているのに、飲み込む唾は苦くて、喉に張りつく。


「……おかしいだろ、これ」


 震える指で額を押さえながら、目を細める。


 王都から兵士が来る――その報せは二日前に村に届いた。鑑定士と荷運びの兵が数人ほど、と村長は言っていた。だからダリオは、自分を落ち着かせるために、何度もそう言い聞かせていた。


「少しだけ……大したことじゃない……」


 だが現れたのは「数人」などという規模ではなかった。


 村の外の丘を越え、整列した騎士たちの鎧が陽光を弾いて光る。列は途切れることなく続き、十名を優に超える三十名の軍。馬上の者もいれば、盾を構えた歩兵もいる。兵士たちの装備は統一され、規律は一点の乱れもない。


 そして、最前列。

 陽光の光を反射した装甲を纏い、アルメリア王国の紋章を刻んだ盾に、必要最低限の装飾を施された――国王から直々に褒賞として与えられた剣を持つ男が馬を降りた。


 誰もが、その名を知っていた。


「……アルメリア王国第一師団長、バルド・グラズヘイン……」


 ダリオは無意識に後ずさる。

 背中に木柵が当たり、それ以上退けない。


 村人たちもざわめく。「なんで第一師団が?」「戦でも始まるのか?」と口々に囁く。だが誰一人として近づこうとはしなかった。彼らは知っているのだ。第一師団とは、“王家が最も信頼し、最も恐れる武力”であると。


 馬上の騎士が声を張る。


「第一師団、これより入村する!村人との接触は節度をもって行え!」


 その一喝だけで、周囲に張りつめた空気が走る。

 緊張は波紋のように広がり、村全体が静まり返った。


 ダリオは喉を押さえた。息が苦しい。


 やっぱり、おかしい……!鑑定士数人でいいはずだ……なんで、こんな……。


 目を動かした瞬間。

 視線が合ってしまった。


 バルド・グラズヘインの眼が、まっすぐにこちらを見ていた。

 威圧でもなく、怒りでもない。

 ただ――測っている。

 何かを見極めようとする、冷静で、しかし一切の逃げ道を許さない眼差し。


「ひっ……」


 喉の奥から声がもれた。

 ダリオは無意識のまま首を横に振る。

 

 違う!俺じゃない!俺は何もしてない!全部――


 脳裏に、血の匂いと、静かに首を落とす刃を思い出す。森の夜。恐怖。膝の震え。あの男の瞳。


 全部、ロイドが――


 そう思った瞬間、背筋が凍りついた。


「……バルド師団長!」


 村長が駆け寄ってきた。額に汗を浮かべながら、深く頭を垂れる。


「遠路はるばるお越しくださり感謝いたします。討伐者は、こちらの――ダリオでございます」


 名を呼ばれたダリオの心臓が、跳ねた。

 視界が白く染まり、足がすくむ。


 やめろ……!俺を前に出すな!


 それでも逃げられない。

 背後にあるのは柵と――あの男。


 ダリオは、たった一歩、前に出た。


 地面が、底のない沼のように沈んだ気がした。


---


 王都の朝は、まだ陽が昇りきっていないというのにざわついていた。

 だがそれは市場の喧騒ではない。王城の厩舎前、整列する騎士たちの甲冑が朝の光を受け、静かに輝いていた。


 兵の一人が準備をしながらバルドに問う。

  

「師団長、本当にこの人数でいくつもりで?」


 バルドは馬の鐙に足をかけたまま振り返る。


「王の命は“第一師団総出であれ”だ。ただし、私は王に提案した。“全兵ではなく、統率の取れた精鋭三十名に限定すべき”と」


 彼らは訓練された猛者たち。数百ではなく、三十だが、少数ゆえの密な連携ができる選りすぐりの兵士たちだ。


「数で押せぬ何かがある。そういうことでしょうか」


「恐らく、下手に触れればこの国ではどうにもならない何かであろうな」


 そう告げるバルドの声は、普段の豪胆さとは違う重さを帯びていた。


「とはいえ、我らは騎士。民を守るためにある。たとえ相手が何であろうと、怯え、逃げ惑う背中など見せるわけにはいかぬ」

 

 兵士たちは無言で頷く。

 バルドは馬に乗り、前を見据えた。


 そのとき、若い騎士が一歩前に出る。


「師団長!質問を許可いただきたい!」


「言え、ラグナ」


 名を呼ばれた騎士は胸を張った。二十代半ばの精鋭。第一師団でも将来有望とされる槍使いだ。


「魔獣一体の討伐……いえ、確認に第一師団が動くのは過剰ではありませんか?我々は国境警備やこの王都を守る任を抱えています。これは……その優先に値する脅威なのでしょうか?」


 問いは真っ当だった。兵として、国を思う者として当然の懸念だ。

 他の兵士たちもそれを聞き耳にしていた。


 バルドは馬上で静かに目を閉じ――そして、答える。


「魔獣が脅威なのではない。“討伐者”が脅威なのだ」


 ざわり、と空気が揺れた。


「魔獣を討ったのは村の若者だと報告されている。陛下は、その報告に“真実が含まれている”と判断された。つまり――我々が数人がかりで討伐する魔獣を単騎で討伐できる存在が、村にいる可能性が高い」


 その時、列の端で小柄な影がため息をついた。深紅のローブを羽織り、杖を抱えた若い女の魔術師――アリア・フェルニスだった。


「……師団長。私も同行せねばならないのでしょうか」


 声は丁寧だが、どこか気怠げで、しかし澄んでいる。彼女の存在だけで空気が変わる。魔力の濃度がわずかに高まり、周囲の兵士たちは呼吸を整えた。


「この任務において、魔術師の観点は必須だ。お前の眼と力が必要となる」


「“必要”と判断されたのは、魔獣ではなく――その討伐者に対して、ですか」


 その問いに、バルドは肯定も否定もせず、ただ静かにアリアを見た。

 アリアはそれだけで悟ったように小さく息をつく。


「……承知いたしました。本気を出してはならないのですね?」


「ああ。村を破壊されてはかなわんからな。魔術師として卓越しているお前の意見が欲しいのだ。戦う必要はない」


 それを聞いたアリアの目がわずかに見開かれた。

 魔術師としてではなく、一人の兵として屈辱とも取れるほどの制限。しかし彼女は一礼し、毅然とした声で答えた。


「了解いたしました。……制御された刃としてお使いください」


 ラグナが口を開く。


「師団長、それは……敵対の可能性が?」


 バルドは静かに首を振った。


「敵か味方か――まだ誰にもわからん。だがひとつだけ確かなのは、その存在が国家の枠を超えているということだ」


 風が吹いた。旗が揺れ、馬が鼻を鳴らす。


「我々の任務は討伐でも交戦でもない。ただの確認だ」


 兵士たちは全員、無言で頷いた。誰も声を上げない。だが、その沈黙は恐れではなく、決意に満ちていた。


「行軍開始!」


 号令とともに、三十の騎士が動き出す。

 バルドは先頭を進みながら、胸の内で小さく呟いた。


 ロイド……果たして何者なのか。


 ――彼らはまだ知らない。

 その問いの答えが、国の命運を左右することを。

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