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変化の兆し

幕間みたいな感じです

 王城の最奥、静寂の間に蝋燭が二本だけ灯っていた。

 燃える音すら慎ましく、夜風が窓を叩くたびに火が小さく揺れる。


 アルメリア王国、国王――レオハルト・アルメリアは机の前でじっと紙を見つめていた。


【指定の村に関係者を送る。国の慰安兵として書簡を発行せよ。干渉は不要】


 “拒否の余地が存在しない命令”――背けば、王族すら影も形もなく消える。王レオハルトは震える筆先で署名を記す。

 これが、国が保つためと己に言い聞かせながら。


 紙には組織からの命令文。そこには偽名と思われるが関係者の名前と、指定された村の名前があった。

 王でありながら、それに逆らうことができない。かつて逆らった者たちは、皆消えている。

 それは王族ですら例外ではなかった。


 あの組織の関係者を慰安兵として?馬鹿げてる。戦場で心や身体に傷を負った者の制度をなぜ利用させなければいけない!


 しかし、拒否することはできない。


 扉が静かに叩かれる。

 その音の重さで、誰かがわかる。


「……入れ」


 重厚な扉が開き、第一師団騎士団長バルド・グラズヘインが姿を現した。

 鎧の装飾は最小限、だが纏う空気が鋼のように張り詰めている。


「陛下、お呼びと伺いました」


「バルド……」


 王は封蝋の破れた羊皮紙を机に置く。

 蝋の刻印は、誰も知らぬ紋章――どの記録にも載っていない印。


「地方の一つ、エルデの村から魔獣討伐報告があがった。第一師団で調査を行ってほしい」

「……数人を選出すればよろしいですか?」

「いや、全員だ。バルド……お前も頼む」

「第一師団総出ですか。まるで戦争ですな」


 バルドはわずかに眉を動かすがそれ以上の反応はしない。

 王は声を潜める。


「……ロイド、という名の人物を見てきてほしい。だが深入りはするな」


「承知しました。ですが、陛下……」

 

 バルドは一歩踏み出し、声を低くした。

 

「その人物一人に第一師団を丸々投入されるのですか?」


 レオハルトは短く目を閉じる。

 蝋燭の火が一瞬だけ王の影を揺らした。


「言いたいことはわかる。だが王族であっても深入りできないことがあるのだ。なんとか頼まれてくれ」


「私にも話せない事ですか……。承知いたしました」


 短い沈黙。

 “組織”が貴族の者を粛清した夜。貴族の悲鳴も、兵の抵抗も、翌朝には“なかったこと”になっていた。組織からの命令に背いたことによって起きた事件……いや災害だった。


 王は震える指先を押さえながら続けた。


「魔獣討伐の調査だが、“村の男”を確認する以上のことはするな。名前はロイド。それ以外の情報はない」


「ロイド……」

 

 バルドの低い声が空気に沈む。

 記録にない名。軍籍にも、戸籍にも存在しない人間。


「陛下、ひとつだけお聞きしてよろしいか」

「言え」

「……その“ロイド”という男は、敵なのですか」


 レオハルトは返答に時間を要した。

 沈黙が、答えの重さを代弁している。


「――わからん」

 

 王は低く呟いた。

 

「だが、もし“あれ”が人として存在しているなら……それは、救いだと思いたい」


 その言葉の意味を、バルドは理解した。

 王が“あれ”と呼んだ時点で、すでに国家の外側の存在であることは明白だった。


 やがて、王は顔を上げた。

 その瞳には、威厳よりも疲弊が滲む。


「出立は明朝。お前に任せる」


「御意」


 バルドは深く一礼し、音もなく背を向けた。

 扉が閉まる瞬間、王の声が背中に届いた。


「……バルド、決して刺激するな。我が国はまだ滅びるわけにはいかないのだ」


 バルドは足を止めずに答えた。


「――心得ております、陛下」


 静かに扉が閉まる。

 蝋燭の火が風もないのに揺らめいた。

 その影が壁に映る。

 まるで、何かがそこに笑っているかのように――。

 

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