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最初の綻び

 焚き火の熱も、祭りの喧噪も、もうどこにもない。

 ロイドの小屋には、油の灯だけが揺らめいていた。


 左腕の包帯を外す。

 血は止まり、傷はすでにほとんど塞がっていた。

 皮膚の縁は再生したばかりのように滑らかで、薄く赤い。


「……治癒速度に問題なし」


 呟きながら、ロイドは指で傷口を押さえ、痛覚の反応を確かめる。異常ではない。少なくとも、ロイドにとってはこれが普通だ。

 息を吐き、机の上に置いた刃を見た。血が乾き、鈍い赤に変わっている。

 そこへ、窓の隙間から一枚の紙片が滑り込んだ。

 風もないのに、まるで意志を持つように紙が机の上に落ちる。

 印字された文字は黒く、僅かに光を帯びていた。


【任務は継続。村外での活動を許可する。報告は不要】


 目が一瞬だけ細まる。組織からの指令だ。

 どうやら魔獣の排除、およびダリオに見られていたことは不問らしい。だが村の外での活動許可、この点が気になる。


 思考を巡らすより早く手紙の文字が淡く光を帯び、静かに燃え上がった。

 灰は空気に溶け、跡形もなく消えた。


 直後戸を叩く音がした。


「ロイド、いるか?」


 それはレクトの声だった。

 扉を開けると、レクトの後ろにセレナとメリーが立っていた。

 3人とも、祭りの喧噪を抜け出してきたようだ。


「すまねぇな、夜分に。どうしても心配でな」

「傷どうですか?新品の包帯もってきました」

「村に来てから本当に災難続きね……魔獣なんて滅多に出るもんじゃないのに」


 次々と飛んでくる言葉に、ロイドは少しだけ瞬きをした。

 どう返せばいいのか、一瞬迷う。

 結局、短く言った。


「問題ない。治った」


 ロイドが袖をまくると、包帯の下の皮膚はほとんど再生していた。

 セレナが目を見開き、メリーが思わず声を上げる。


「うそ……」「包丁で怪我をしてもそんなにすぐ治らないわよ!?」


 女性陣は信じられないというようにロイドの腕を見る。帰還してから半刻も経っていない。その間にすでに治ったというのだから普通なら信じられない話だ。


 レクトは腕を組んでロイドをじっと見た。

 焚き火の残り香が漂う中で、低く呟く。


「なあ、本当はお前がやったんだろ。魔獣にトラウマを抱えてるダリオが立ち向かうなんて少し考えりゃ違和感しかねえ」


 ロイドの瞳が僅かに揺れた。

 否定の言葉を探そうと口を開いた、その瞬間。


「いや、言わなくていい」

 

 レクトが静かに遮った。

 その顔には、理解と納得――ただし方向が完全に違うものが浮かんでいた。


「人には言えない理由ってのがある。お前さんのあの怪力だ。そうだな……戦場で力加減を間違えて仲間を傷つけたとか、な。どうだ?」


 セレナが小さく息を呑み、メリーは呆れたように眉を上げた。


「また始まった、勝手な深読み」


 セレナは「え?え?」と困惑している。

 ロイドはその反応を観察しながら、わずかに考えた。


 ――この誤解は都合がいい。

 

 否定すれば、余計な詮索を招く。


「そうだ……さすがだな」


 レクトがにやりと笑う。

 

「ほら見ろ、図星だ」

「なによその顔」

「いいんだよ、こういうのはな、察してやるのが大人ってもんだ」


 メリーが呆れ顔で頭を振り、セレナが笑いを堪えきれずに肩を震わせた。

 ロイドはその空気の中に、どこか理解できない温かさを感じていた。


「……有効な、会話技術だな」

「え?」

「いや、なんでもない」


 静かな笑い声が夜の空気に溶けた。

 外では風が吹き、遠くで犬が吠える。

 その音が、いつもより少しだけ優しく聞こえた。


---


 レクトたちが帰った後、ロイドは再び机に戻った。燃えた手紙の灰はもう跡形もない。

 それでも、内容は鮮明に脳裏に残っていた。


 任務は継続。村の外での活動を許可。


 ロイドは窓の外を見た。


 村の外での活動許可はなぜこのタイミングで降りた。

 思考を巡らせる。そして気づいた。


 ――“なぜ”?組織の任務に対して疑念を持ったのか?


 ロイドの人生における一瞬の綻びだった。

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