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もしも願いが二つ叶うなら…  作者: KANATA
第四章 消せない三つの傷
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決心

 鬱陶しい目覚ましの音で目が覚めた。

 色んなことが頭を駆け巡って、眠りにつけたのは朝方だった。

 顔を洗い、しっかりと目を覚ましてから、ケータイを手に取る。

 ずっと曖昧にしてきたこの気持ちに、もうそろそろ答えを出さなければならない。


 《今日の営業後、時間ある?》


 そうタカユキにメッセージを送り、いつも通り仕事場へと向かった。

 出勤してすぐにタカユキに理由を聞かれたが、「あとで」と濁した。

 営業中も、その話題にはあえて触れなかった。

 ……いや、触れられなかった。

 それどころか、目の前の仕事に追われるようにして、ただひたすら時間が流れていった。

 そして――あっという間に営業終了の時刻が訪れる。


「話したいことがあるの」


 そう告げ、タカユキを店の近くにあるカフェへ連れてきた。


「……話って、何?」


 何かを察しているのか、タカユキの声はいつもより穏やかだった。

 だけど、その優しさが、胸に痛く突き刺さる。


「あの……私……」


 心の中ではもう決まっている。

 でも、それを言葉に乗せるのが、怖くてたまらなかった。

 タカユキは、少しだけ首を傾げて、優しく問い直す。


「何かあった? ちゃんと言って?」


 そのひと言で、張り詰めていた何かが崩れた。

 これを言ったら、私たちはもう――他人になってしまう。

 でも、それでも……言わなければいけなかった。


「好きな人ができたの」


 言葉にした瞬間、なぜか涙は出てこなかった。

 ただ、胸の奥がポッカリと空いたような感覚だけが残った。

 もしかすると、私はただ、恋に恋していただけだったのかもしれない。

 夢を見ることだけで満足して、愛も恋も、本当はよくわかっていなかったのかもしれない。

 そもそも、永遠の愛なんてものが本当に存在するのかすら、わからない。

 静まり返った空間のなか、ふとタカユキに目をやると、彼は俯いたまま、ぽつりと呟いた。


「……何となく、気づいてたよ。でも、ちゃんと話してくれて……ありがとう」


 その作り笑顔を見た瞬間、不思議とあふれてこなかったはずの涙が、止めどなく溢れ出した。

 ――嫌いになったわけじゃない。

 それでも、好きだけじゃ続かないこともある。

 このまま想いを偽って付き合い続けていたら、きっとタカユキをもっと傷つけてしまう。

 今までは、追いかけられる恋を選んでいた。

 それが、どこか安全だったから。

 でも今は、自分でも制御できないほど――あの人のことが、頭から離れない。


「ずっと一緒にいよう」


 あの約束は、嘘になってしまった。

 好きだった。

 幸せだった。

 感謝してる。

 でも――こんなズルい私で、本当にごめんなさい。

 そして、

 さようなら。

 

 その日は家に着いてからも泣き続け、気がつけば、いつの間にか眠りに落ちていた。

 目が覚めて鏡の前に立つと、目元はパンパンに腫れ、髪はひどく乱れていた。

 整える気力も湧かず、ニット帽とメガネで無理やり顔を隠して出勤することにした。

 ――一番乗りのはずなのに。

 そう思いながら店の前に立つと、すでに中の電気が点いている。

 そっとドアを開けて中へ入ると、朝練習に励むタカユキの姿が見えた。


「おはようございます……」


 ぼそりと呟くように声をかけると、彼はウィッグを整える手を止め、明るく顔を上げた。


「おはよう!」


 まるで、昨日の別れ話などなかったかのような明るさだった。

 けれど、その笑顔が無理をしていることはすぐにわかった。

 

 チカはその空気に耐えきれず、逃げるように休憩室へ向かった。

 するとその背中に、タカユキの声が響いた。


「俺なら大丈夫! これからも同期として頑張ろうな!」


 振り返らずに「ありがとう」とだけ返した。

 それが彼の本心なのかどうかは、正直わからない。

 けれど――素直に、嬉しかった。

 気まずさを覚悟していた日常に、あたたかな灯が灯った気がした。

 きっとタカユキは、私の不安に気づいてくれたのだろう。

 ほんとうなら、嫌われても仕方がないはずなのに。

 それでも彼は、“同期”という関係に優しさで橋を架けてくれた。

 仕事終わりの帰り道、ふと頭の中に浮かんだ。

 ――人は生きている間に、いくつの“願い事”をするのだろう?

 その中のいくつが、ほんとうに“叶う”のだろう?

 何度、大切な人を“想い”、どれだけの想いが“届く”のだろう?

 願うだけでは、叶わない。

 想うだけでは、届かない。

 そんな風に考えていた時――


「チカ!」


 突然、後ろから聞き慣れた声がした。

 振り返ると、ジュンが小走りで近づいてきた。


「ちょっと付き合え」


 言われるがまま、近くの居酒屋へと連れて行かれる。


「ジュンジュン、いらっしゃい! 今日は彼女連れかい?」


 陽気なおばちゃんの声に、ジュンは肩をすくめて笑った。


「だといいんだけどね。職場の後輩!」


 チカは照れくさそうに笑ってお辞儀した。

 席につくなり、ジュンはタバコに火をつけ、煙の向こうから唐突に切り込んできた。


「聞いたよ。タカユキと別れたんだろ?」

「……はい」


 昨日の記憶が一気に蘇りそうになる。

 その前に、ジュンがさらに核心へと踏み込んできた。


「ケンのこと、好きなんだろ?」


 気づかれているとは思っていた。

 でも、実際に言葉にされると、うなずくしかできなかった。


「……あいつの傷は、普通の傷とは違うんだ」


 ジュンの言葉に、チカは静かに耳を傾けた。


「もし外傷なら、時間が経てば痛みも引くし、薬を塗れば治る。でも心の傷ってやつは、そうはいかない。時間が経っても消えないし、薬なんてない。唯一あるとしたら、それは――人からもらう“愛”だけだ」


 その一言が、チカの胸に強く響いた。

 折れかけていた心に、そっと触れるような優しさだった。


「人はな、歳を重ねるたびに臆病になってくる。経験が邪魔するんだよ。けどな、忘れるなよ。臆病ってのは、“絶対に治る病気”だから」


 ジュンの言葉は、臆病になっていたチカの心に、静かに、そして確かに、灯をともしていった。

 そして――

 その灯はやがて、強い決心へと姿を変える。

 この想いは、変わらない。

 あなたに届く、その日まで――。

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