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3話 名前と温もり

ずっと闇の中を揺蕩っているようだった。ゆらゆらと揺らめく闇の中、手足を縮めて丸まっている。いつも見る夢とは違ってなんだか温かい。

ずっとここにいたいな、とぼんやり思う。そしてゆっくり目を閉じた。



ふいに意識がもどる。眠気はまだ頭の中でとぐろを巻いている。

だけど、そろそろ起きなくちゃいけないような気持ちになってきた。そう思ったとたん、ぽっと光が一つ差し込んだ。行かなくちゃと手を伸ばす。




光が、溢れる






「あら、お目覚めかしら」


眩しさに目を瞬いていると、影がかかる。


「思ったより早く起きたわね」


そう言うと(かい)さまは私の身体を確かめるように触る。


「うんうん、傷は全部治っているわね。声の調子はどうかしら?」


「…あ、ああ…え…?こえ、でる…!」


「よかった。しばらく声を出していなかったみたいだから、発声練習していきましょうね」


そう言ってぽんぽんと頭をなでてくれる。村では誰も頭を撫でてくれなかった。じわり、目に涙が滲む。


なんで、このひとはこんなに優しくしてくれるんだろう



「なんでかって?そうねえ、わたしがあなたを気に入ったからかしらね」



口に出してしまっていたみたいだ。でもなんだかはぐらかされた気がする。



「っふふふ!その顔、不満かしら?でもあなたを害するつもりはないわ。…それは信じてほしいわね」



膝?の上に乗せられ面布ごしにじっと見つめられる。


「…はい」


灰さまはぱんっと胸の前で手を合わせる。



「それじゃあ、あなたのお名前聞いてもいいかしら?」


名前、私はなんと呼ばれていたっけ。うーんと頭を捻ってかろうじて出てきたのは、忌み子、おまえ、あれ…。


「…なまえ、ないです。」


俯いて言うと顎を上に向かされた。灰さまが覗き込んでくる。


「俯かないの。じゃあ、私がつけてもいいかしら」


「!…うれしいです」


灰さまは私を見つめて言う。


「あなたのその紅い目はとても美しいわね」


大きな手で頬をなでられる。



「緋奈、と言うのはどうかしら」


ひな、緋奈、私の名前。嬉しい。なんだか恥ずかしくなって目を伏せる。えへへ、胸がぽかぽかする。


「…ありがとう、ございます…」


はにかんでお礼を言うと、灰さまは


「ええ、どういたしまして。」


と返してくれた。



「さて、緋奈。人間は食事をしなければいけないのでしょう?なにか捕まえてくるわ」


膝から私をするりと下ろして立ち上がる。

「…っその、私もついていっても、いいですか」


「んー…、いいけど一人でどこか行っちゃだめよ?森にも色々いるのだから」


「はいっ…」


灰さまと一緒に森を歩く。

…?なんだか違和感が。前通った時こんなに植物は生えていただろうか

葉っぱも茂っている気がする

「灰さま、ちょっと森元気になりましたか?」


「ええ。わたしが来てから1ヶ月だもの。…ああ、そういえば言ってなかったわね、わたしが居ると周りの環境は少し豊かになるのよ」


ほえーすごい…!って、え?イッカゲツ?私1ヶ月も眠っていたんですか…!?


「そうよお。わたしの黒い影(ゆりかご)の中でね。傷も酷かったからもう少しかかると思ったけれど、やっぱり相性がいいのね。たった1ヶ月だったわ」


そう言って上機嫌に私の頭を撫でている。そうか、このひとにとっては1ヶ月なんて一瞬なんだ。

感覚の違いに驚いていると、川のせせらぎが聞こえてきた。


「ちょうどいいわ。お魚は好きかしら」


うなずくと私をひょいと持ち上げる。

「じゃあ、ちょっと危ないから捕まってるのよ」


ぎゅっと首元に捕まると灰さまは音のする方へ移動する。あっという間に大きな川へ出た。


「この辺りにいそうね」


そう言って手をかざすと足元から黒い球体がいくつも浮かんでくる。指先を振ると一斉に川に向かって飛んでいく。

ドドドドドッ

水面が勢いよく飛沫を上げる。水面下にゆらっと影が動く。水が盛り上がった?と思ったら5メートルはありそうな巨大な体を持った生物が顔を出した。



「…な、なんですか、あれ…!?」


「なにって、お魚よ?ちょっと大きくなってるけど」


話していると魚は大きな口を開けて水のビームを放ってきた。


「ひゃあっ!」


咄嗟に目を瞑ると灰さまが空いている手でそれを防ぐ。不思議なことに水は一滴もかからなかった。


「急に強くなって、気が大きくなってるのかしら…

愚かね」


低くそう呟いた途端ザンッと音がした。目を向けると魚の頭部が落ちている。頭部を失った身体はグラリと傾いて倒れた。周りの水が赤く染まる。


「よし、これを持っていきましょうか」


そう言って水から魚を引き上げる。すごい、あっという間に仕留めてしまった。



そのまま寺跡にもどると灰さまはそれを切って焼いてくれた。味付けも無い簡素なものだったけど、私のために作ってくれたというだけでとっても美味しく感じた。


「もぐもぐ…おいしいです!ありがとうございます…!」


「それはよかった。ごめんなさいね、簡単なもので。ここにはあまり調理器具も無くて」


「でも、なんだか力がわいてきます」


「私の力が多少混じっているのね。緋奈には馴染むでしょうからたくさん食べなさいな」


なるほど、だからさっきから胸の辺りがぽかぽかするのかな?夢中で食べていると灰さまが言った。


「あなたも起きたことだし、そろそろここから離れようかと思っているの」


どうしてだろう?きょとんと首を傾げる。そんな私の頭を撫でて、


「実は、この場所はあなたの村からそう離れていないのよ。あの村に良い思い出は無いようだし、せっかくだから遠い国まで行こうと思うのだけれど、どうかしら」


知らない国!この世界は記憶にあるものとは違うようだしとても気になる。


「…はいっ…!ぜひ、お供させてください」

「決まりね。明日は早く出るわ。食べ終わったらもう寝なさい」


そう言うとまた膝に誘導される。嬉しいけど灰さまのようなきれいなひとに触れるのはなんだかとっても照れてしまう。


「いえっ、ひとりで寝られますから」


慌ててそう言うも、


「いいから、いらっしゃい」


と黒い影で連れていかれる。ううう、恥ずかしい…

私よりずっと大きな身体のため、そのまますっぽりと収まってしまった。胸元に寄りかかるように言われ、頭を寄せるとふんわりと受け止められる。とん、とん一定のリズムで寝かしつけられると、とろとろ瞼が落ちていく。


スヤァ…
























「…この土地はもう直ぐ枯れるものねえ」


…灰さまの嗤い声は眠りにつく私に聞こえることは無く、宙へ溶けた。


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