14話 紅いあなたは私のもの
「___灰さまっ!!!」
「……っ!」
突然目の前に紅く光る闇が現れる。それを纏っていたのは王宮に預けていたはずの緋奈だった。
咄嗟に落ちてくる身体を受けとめる。胸におさまったその感触は間違いなく彼女のもの。
「っ、なぜあなたがここに……!」
「灰さま……!いなくならないでください……!!」
胸に顔を埋めて泣き出した緋奈はとても可愛らしい。が、理性を総動員させて我に帰った。肩を掴んで顔を上げさせる。
「うっ、……緋奈!あなたなぜここに来たの!わたしといればあなたは……!」
◆
灰さまの気配をたどって、ようやく見つけたと思ったら天国だった。豊満な胸に飛び込んで泣いていた私は灰さまに肩を掴まれてお顔を見た。
「緋奈!あなたなぜここに来たの!わたしといればあなたは……!」
普段にない強い口調。顔は見えなくとも掴まれた手の震えから感情は簡単に感じられる。
「ぐすっ、……はい。ルブロンさまにお聞きしました」
私の言葉に、灰さまの肩が震える。
「っ、だったら尚更……!」
「私は!……私は灰さまと一緒にいたいんです。助けられたあの時から私はずっとあなたのものですから」
灰さまの顔をまっすぐ見つめて言う。
言葉を失った灰さまは確かめるように私の肩を撫でる。
「…………ほんとに?」
「はい」
「……人じゃなくなるのよ?」
「灰さまとお揃いですね」
「…君悪がられるかも」
「っ、私は他の誰かのことよりも灰さまといることの方がずっと大事です。……あ、でも、私の姿が嫌いになられるかも…」
それは考えてなかった。しゅんと俯く。
「あり得ないわ。それは」
「!」
ぱっと顔を上げると灰さまが頬を撫でてくれる。嬉しくて頰が緩むのがわかった。
「……ごめんなさい。約束、破ろうとして」
崩れかけていた灰さまの身体が元に戻っていく。それどころか灰色の髪の毛が赤く、紅く色づき始めた。
「…もうどこにも行かないって、言ってくださるなら許します」
満ち始めた力が周りに流れ出る。灰さまの面布に紋様が輝き始める。むき出しの地面が草で覆われ赤い花が咲き乱れた。風が強く吹き花弁が空へ舞い上がる。
「ええもちろん。もうあなたから離れない。あなたは、わたしのものだもの」
風に揺れた布から覗いた切れ長の目は赤く、紅く、狂おしいほどの愛に染まっていた。
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灰さまに抱っこされながらお花畑を歩く。いつのまにか灰さまにいただいた着物を着ていた。やっぱりこれが落ち着く。ぎゅっと灰さまの首に抱きつくと抱きしめ返してくれた。歩きながら一週間にあったことを話す。話したいことはいっぱいあった。
「それで、本から文字が浮き出してきたんです」
「そんなことが…わたしの過去を残したものなんてコレの他に無いと思っていたけれど…」
「…ふわぁ」
急に眠気に襲われる。まだねたくない。まだまだ話したいことが…
「眠いなら寝てしまいなさいな。お話はまた明日聞くわ」
とんとんと背中を優しく叩かれる。…やだ。またどこかに行ってしまうんじゃないかと不安になって灰さまの服をぎゅっと掴む。
「側にいるわ。だからゆっくりお休みなさい」
額に柔らかい感触。キスされた…と思うと同時に私の意識は暖かな闇の中へ落ちていった。
スヤァ
◆
眠りに落ちた緋奈を見届けた後、闇と共に森の家へ転移した。腕の中の緋奈が身じろぐ。と、緋奈の身体の中から淡い魔力が湧き出るのがわかった。
寝室のベッドの上に緋奈を横たえるとその周りをぐるりと闇の触手で覆う。頭を撫でていると変化が始まった。
足は大きく湾曲し猫科を思わせるようなしなやかな形状に。爪先から鋭い爪が生えている。体毛は漆黒で、どこか底なしの闇を彷彿とさせる。
上半身にかけて灰から赤の鱗が生える。光を内から放っているかのような美しさ。
肌は薄く黒へと変わる。髪は元の濡羽色。耳が迫り出し私とよく似た形状へと変化する。根元には濡羽色の羽が生えた。
変化が終わり緋奈が寝返りを打ってわたしにすり寄ってきた。わたしの胸に満ちるのは歓喜。やっと、やっとわたしの手の中に落ちてきた。これで緋奈はわたしのもの。永遠に。同時に身体の中に全盛期を凌ぐほどの力が溢れたのがわかる。…今なら何でもできるだろう。人間を絶滅させることも、世界を壊すことも…。
「…むにゃ」
緋奈の寝言で我に帰る。ふふ、可愛い子。つん、と頰をつついてから緋奈を抱きしめて目を閉じる。一先ずはこの子と同じ夢を見ましょうか。何をするかは、それから決めましょう。
◆
「確かに、取り返してきたわよ」
翌日、わたしは取り返した本を国王の元へ届けに行った。面倒だったけど緋奈が行ったほうがいいです、なんて言うから仕方なく。髪は灰色にしておいた。あの髪では目立つだろうから。
「おお、感謝する!カイ殿。…して、ヒナ殿はどちらに?あの高名なテーラールブロンからあなたのもとに行ったと聞いたんだが」
「ああ、緋奈は今日は留守番してるわ」
まだ身体が安定してないから今はわたしの中にいるけれど。言う必要ないもの。
「そうか。いつでも来ていいと言っておいてくれ。そなたたちはこの国の恩人だからな」
「考えておくわ。それ盗んだやつらは伝えた通りよ。そこからはわたしの領分じゃないわね。ま、頑張りなさい」
「ああ。必ず責任は追及する」
「そ」
「…カイ殿、本当に感謝している。この恩は必ず報いると誓おう」
わたしを見る国王からは妙な熱意を感じる。…まさか。思い当たって呆れる。まったくあれから何年経ってると思ってるのよ。微かに笑みが浮かぶ。
「まあ期待してるわ」
◆
王宮を後にして家に戻る。灰さまの中から出た私は尋ねた。
「結局あの本はどんな本なんですか?私、表紙見そびれてしまって」
「あれ?昔わたしがあの国の女神だったころに王家の人間との会話記録よ。と言ってもほとんど向こうが言った言葉だけどね。表紙は確か『女神様のお言葉!!!』だったかしら。まったくあれが国宝なんてどうかしてるわ」
……ふうん。私のほうがたくさん会話してるからいいもんね。私の前から関わってたらしいその本に何だか嫌な気持ちになって口を尖らせる。
「あら可愛いお口」
ちゅ
「…!!!!」
灰さまは赤くなった私の顔を見てくすりと笑うと言う。
「さてと、人化の練習でもしましょうか?…わたしは別に出来なくてもいいのだけれど」
後半の声は小さすぎて聞き取れなかった。仕方がないので諦めて返事をした。
「はい!よろしくお願いします、灰さま」
ようやく手にした私の幸せな日常。もう絶対手放すことはないのだろう。紅くきらめくこの日々を。
完
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。ブクマしてくださった方々にも感謝申し上げます。初めての小説でしたが楽しく書くことができました。
ありがとうございました!




