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12話 蜘蛛のお茶会



「これは……あっ!」


私が読み終わるのと同時に、その古びた本はゆらりとほどけるように空中に消えて行った。ここは国王さまの図書館だから本がどうなったのか気にした方がいいのかもしれない。


でも私は今読んだ内容が頭から離れない。ずっと思ってた。この国に来てからあの人はどこか私の知らないものを見ていたから。でも、それなら………


……キィィィィィン……ピシリ


その時胸元にずっと下げていたペンダントが音を立てて割れた。私の中にずっと流れ続けていた暖かな力が途絶え、身体が急激に冷えていく。


…寒い。血液が氷水になったみたいだ。同時に、冷えていく頭はあの日(かい)さまを引き止めた時に感じた嫌な予感が湧き上がる。そうだ、私は灰さまのそばにいなくては。私はそのためのものなんだから。


ガタ

勢いよく立ち上がった私はふと止まる。…じゃあ、なんで灰さまは私を連れて行かなかったんだろう。私といたくなくなっちゃったのかな。


ぐるぐると疑問と不安が頭の中で回る。…私は、灰さまのこと何も知らないんだ。全部与えられるのに満足して考えるのを避けていた。知らなくては。あのひとのことを。


誰か、灰さまのことをよく知っているひとは…。ふとあの蜘蛛のひとが思い浮かぶ。

「…そうだ。ルブロンさまなら…!」


はやる気持ちをそのままに、私は彼の運営する洋服店を目指して走り出した。

あ、お店の場所知らない








「はぁ…はぁ…ここ、だよね」

図書館から出た時にちょうど鉢合わせたメアリーさんに場所を聞いたおかげですぐに見つかった。


後ろから「護衛つけるので!お待ちになってくださいー!」って声が聞こえたけど走り続けてしまった。ごめんなさい。メアリーさん…



大きな建物で色んな洋服が飾られている。目の前の看板にはデフォルメされた蜘蛛が糸と針を持っている。深呼吸をして息を整えてからドアを開いた。


チリンチリン


ドアについた鈴が来訪をつげる。落ち着いた雰囲気で紙をまとめた女性が話しかけてくる。


「ようこそいらっしゃいました。失礼ですが、お一人様でしょうか」


子どもの私の姿を見ても態度が丁寧だ。流石はルブロンさまのお店なだけある。追い出されなかったことに密かに胸を撫で下ろし、前にもらった名刺を見せる。


「…!これはこれは。店長直々の名刺ですね。どうぞこちらに。店長のもとへご案内いたします」


中々人と会わないと噂のテーラーに人が通されていて、それが子どもである。店にいた客の視線が私に集まるが、私は灰さまのことで頭がいっぱいで気づくことは無かった。







「よく来ましたな緋奈殿。おや、お一人ですか」

笑顔で私のことを迎えてくれたルブロンさまだけど、灰さまがいないと顔を曇らせた。やっぱりこのひとは何か知っている。


「突然ごめんなさい。でもルブロンさまにお聞きしたいことがあるんです」


席に着いて早々切り出した私にルブロンさまは紅茶を淹れながら答える。

「なんでしょうか」


「今ある事情で、灰さまはお一人で王都の外にでていらっしゃるのですが」

ピタリ、ルブロンさまの手が止まった。


「先ほど灰さまからいただいたペンダントが割れてしまって。それに本にもよくないことが書いてあって、私嫌な予感がするんです」


不安で拙くなってしまう私の言葉をルブロンさまは注意深く聞いてくれる。

「それで、その…」


なんで私を置いていったのか、なんでご自分のことを話してくださらないのか、…私が不要になったのか

そんな言葉が喉から出かかって口をつぐんでしまう。


「なるほど」


ルブロンさまは私の方にカップを差し出してから湯気が立つ紅茶を一口飲んだ。


「緋奈殿が言いたいことはわかりました。確かに吾輩は緋奈殿が知らないことを知っていますな」

無論全てではありませんが、と呟いてカップを置く。カチャ…と音が鳴った。


「しかし緋奈殿、知ってどうしますか。灰殿が隠したということはそれが不都合だと判断したからでしょう。あの方にとって、もしくはあなた自身にとって」


私を見据える目は鋭い光を放ち、目の中の複数の瞳孔がギョロリと動いた。


「…それでも」



その眼差しを受け止め、かすかに口元が緩む。


「私は知りたいです。灰さまのお側が私の唯一の居場所ですから」


あのひと(灰さま)が要らないならこんな命なんの価値も無い。


「…愚問でしたな。わかりました、吾輩の知る限りをお話ししましょう。して、灰さまと離れられてどれくらいになりますか」


「今日で一週間です」

「なるほど…」

ルブロンさまは考え込むように顎を撫でた。


「緋奈殿、灰殿と出会ってから自分の身体で変わったことはありますか」


顔を上げて私に言う。変わったこと……そういえば、部屋で鏡を見たとき目の色に違和感があったような。

ルブロンさまに伝えると頷いた。


「そうですな。灰殿は元来、存在するだけで周囲の生命に影響を与える力をお待ちです。緋奈殿もそれに心当たりがあるでしょう」


…灰さまの治療から目覚めたときの森の様子や今のお家の周辺の草木の繁茂してる様子からそれは感じていた。


コクンと頷く。それを見てルブロンさまは続けた。


「灰殿の力は周囲の生命に影響を与える。無論それは人間にも当てはまります」


…ってことは、目を見開いた私にルブロンさまは手のひらを向ける。私の反応を観察するように細められた目、口からシューシューと糸を吐く音がする。


「緋奈殿、あなたは人でなくなりつつあるのですよ」

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