11話 ひとりきりのわたし
王宮に到着して早々にクラシカルなメイド服に身を包んだ女性が目に入る。
「ようこそいらっしゃいました。わたくしは王宮メイド長を務めさせていただいております、メアリーと申します。本日よりヒナさまの身の回りのお世話をさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言ってお辞儀をしたメアリーさんは、ブラウンの髪に目をした人だ。垂れ目気味の目から柔和な印象を受ける。メイド長…、そんな人が私についてくれるなんて申し訳なくなってしまう。
「よ、よろしくお願いします…?でも私、自分でできますし、メイド長さんがついていただかなくても…」
「大切なお客人さまに失礼があってはならないと、国王陛下から厳命されております。それと、わたくしのことはぜひメアリーと」
「う…、わかりました。お願いします、メアリー…さん」
メアリーさんは私の言葉に困ったように微笑むと綺麗に一礼した。
◆
「あの、図書館を利用することってできますか」
部屋に案内されて早々、私はメアリーさんに尋ねた。
「図書館ですか?」
メアリーさんは首をわずかに傾げて不思議そうに言う。
「見てのとおり私、別の国から来たんですけどこの国のことあんまりよく知らなくて」
「なるほど、少々お待ちください。確認してまいります」
メアリーさんが部屋から出ていくのを確認して、ぽすんと近くのソファに座る。上質な物なのだろう、私の体重を優しく受け止めてくれるそれに身体を預けふう、息をつく。
やっぱり一人で人と話すのは苦手だ。メアリーさんや国王さまが私を害するとは思っていないけれど、私の心は村でのあの酷い扱いから立ち直れてない。
チャリ、無意識に胸元のペンダントに手を伸ばす。このペンダントから、絶え間なく灰さまの力がゆらりゆらりと私に流れ込んでいる。この暖かさが私を平静に保ってくれている。
…ふと、部屋にある鏡が目に入った。そういえば、灰さまの家には鏡がなかった気がする。近づいてみると、自分の顔がうつる。前に水面にうつった自分の姿より、もっと鮮明に見える。濡羽色の髪の毛は灰さまの丁寧な手入れによってより輝きを増している。……?なんだか違和感が…。
そうだ、国王さまが私の目を真紅の目と言っていたけど、私の目はほとんど黒に近かったはず。
もう一度鏡を見ると、眉をひそめた私の目は確かに鮮やかな紅色をしていた。
「…なんで?」
コンコン、ドアがノックされた。慌てて鏡から身を離して返事をすると、扉を開けてメアリーさんがお辞儀をした。
「お待たせしました。国王陛下より、図書館使用の許可が降りましたので、ご案内させていただきます」
「は、はい」
先ほどの疑問は頭の隅に追いやって、メアリーさんについて王宮を歩く。
「こちらになります」
「わ…」
思わず声が漏れる。大きな扉の向こうには、所狭しと本が収められていた。古めかしいものから比較的新そうなものまで一様に巨大な本棚に収められて整然と並んでいる。
「こちらにある本は全て読んでいただいて大丈夫ですので、どうぞごゆっくりお楽しみください」
「全部ですか…!?それは、その…ありがとうございます」
「ふふ、そのお言葉は国王陛下にお伝えしますね。きっと喜ばれます」
メアリーさんはにこりと笑うと、
「それでは何かございましたら気兼ねなくお呼びください」
と言って図書館から出て行く。
…一人になりたいのがバレていたのかもしれない。私は近くの本棚から気になる本を数冊取り出し、席に座って読み始めた。
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今日で王宮にきて1週間が過ぎた。
灰さまにもらった着物はメアリーさんがお手入れをしてくれると言うので、私は今、白の長衣に黒いスラックスを着ている。
あれから毎日図書館にこもって本を読み続けている。…半分以上は灰さまが帰ってこない寂しさを紛らわすために知識を吸収しているだけだけど。
それでも有益な情報はいくつかあった。例えば、この世界の地理について。この世界は大陸が4つある。それぞれ東西南北に位置していて、私が生まれたあの村があったところは東大陸だった。そして今私がいるこのクレオール王国は西大陸の端っこ。ほとんど真反対の場所のようだ。
今日読む本を探そうと本棚の森に入る。ふと、一つの古びた本が目に入った。他の本の隙間にポツンと一つだけボロボロの背で色もくすんでいる。
昨日までは見なかった気がする。よし、今日はこれから読もうかな。席について本を広げると、この国の神話だろうか。色褪せた絵と共に簡単な言葉で書かれている。
むかしむかしあるところにひとりの貧しい男がいました
貧しさに耐えかね 男は天にいのりました
かみさまかみさま この土地はやせすぎていてなにも成りません
獣もなく こどもは冬をこせないでしょう
どうかどうか お助けください
すると光から美しい女神があらわれました
その髪と目はゆたかな大地をあらわす赤色
その女神はいいました
わたしの力を貸しましょう
その日から荒れ果てていた土地は生命に満ちたものへと変わりました
麦が穂を成し 獣はもどり 子は健やかに成長しました
次第にその土地に人が集まり かつての男は王となったのです
クレオール王国神話
なるほど、これが国民に伝わっている物語ということなのかな。確かにこの話だと赤い目に忌避感を抱くことはないのかもしれない。何度も読まれたのであろう、よれた紙をそっと撫でる。
ドクン
その瞬間、じわりと文字が滲んだ気がした。
「…え?」
まるで闇から滲み出てきたような黒い文字が紙の上で動き出した。今まで読んだ話を上書きするかのように別の話が紡がれる。
ひとりの⬛︎⬛︎⬛︎がいた
古くから在るそれはいつの頃からか ただただ世界をめぐった
そのものが在るだけで土地は豊かに芽吹いた
木々はしげり 獣は強く 草花が風にゆれ
だがそれには心がなかった
天災が全てを飲み込み無に返すように 仔が小さき命を弄ぶように
それは人間を⬛︎⬛︎することを繰り返した
いくつもの 数えきれないほどの国が消えた
いく年も 命の色をその見に受け啜った それの色は赤と決まった
背後に破壊と滅びを撒き散らし それは初めて問いを発した
「にんげんとは なんでしょう」
海をこえ 歩き続けた先に荒れた土地に苦しむ人間が一人助けを求めた
ほんの気まぐれ
もう周りに生命がなかったから 武器ではなく祈りを向けられたのが不思議だったから
それは初めて人間に力を貸した
やがて豊かな土地に人が増え 国となった
与えた力が祝福となり 加護となり その土地に固有の生命が生まれた
それを神と称え人々は神殿をつくり感謝と祈りを捧げた
それはその光景を長い間見ていた
時々男の子孫が会いにきて それの像の前で感謝と話をしていく
時折言の葉を返すとそのたびに大喜びして記録を本に残した
来るものが男から少女に 老婆から青年に 老人から若い女に移り変わりやがてそれの中に変化が生じた
にんげん もろく よわく とるにたらないもの
わらい なき くるしむかお
もっとそばで もっとそばで わたしのてのなかで
だが人間とそれとは在る時間が違いすぎた 嘆き悲しんだそれはあるとき天に頼む
わたしの わたしだけのものを はなれぬものを
それの気まぐれで強大な力に悩んでいた天はその願いを聞き入れる代わりに代償としてその力に枷をかけた
かつての力はその人間と共にいるときのみ引き出せ 離れればと朽ちるようにと
かくしてそのものは姿を変え 色を失い 長く守った国からその記憶を消した
自分の存在がこの国に影を落とさぬように
ほぼ全ての力を失ったそれはただ一つ 祈りとともに名をもった
いつの日か人間がわたしを呼ぶときに名前を呼んで欲しいから
そのものの名は⬛︎ ⬛︎⬛︎と豊⬛︎を司る女神と呼ばれたもの




