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10話 暖かな存在

約束どおり、次の日は朝から(かい)さまと王都を見て回った。


「すごい人ですね…」


多くの人が賑わう道を手を繋いで歩く。見覚えのある果物から何に使うのかわからないものまでいろんな品でごった返している。


「いらっしゃい!宝石飴のかかったスイーツはいかがですか?」


景気のいい声が聞こえて、その方向に目を向けると色とりどりの飴がかかった果物が串に刺さって並んでいる。前世の屋台で見たフルーツ飴と似ているがかけられた飴がほのかに光っていてとても綺麗だ。


「わあ…!」


「なあに?あれが欲しいの?…こんにちは、これ一ついくらかしら」


「銅貨5つです!」


「わかったわ。ほら好きなの選んでいいわよ?」


目の前に広がる飴たちから、特に目を引いた輪切りになった黄色い柑橘に赤みがかった飴を纏っているものを選んだ。ちらちらと光がまたたいている。


ありがとうございましたー!という声を聞きながら咥えてみると柑橘の爽やかな酸味と甘い飴が口いっぱいに広がった。


「んー!おいひいです!」


「よかったわね。さてと、ちょっとよりたい店があるのだけれどいいかしら」


「もちろんです!どんなお店なんですか?」


「それはついてからのお楽しみ」


そう言うと灰さまは私の手を取り歩き出した。




「ここ、ですか?」

そこは賑やかな街の中心地から離れたところに建つこじんまりとした店だった。かかっている看板を見るに宝飾品の加工屋のようだ。


「ええ、昔ドワーフなのにアクセサリー作るって村から飛び出してきた変わり者がいてね。前見たときと変わってなくてよかったわ」


中に入るとピアスや腕輪、ネックレスなどのアクセサリーが所狭しと並んでいる。受付に座って何か作業している男性に灰さまが声をかける。


「昨日話したものはできてるかしら」


「ん?おお、あんたか!待ってたぜ」


そう言って顔を上げたひとは、オレンジ色のもじゃもじゃした髭を持ち小柄な体格をしていた。なるほど、このひとがドワーフ。


「そっちの嬢ちゃんは初めましてだな。俺ぁテドル。専ら装飾品の加工をしてる」


差し出された手を握り返す。皮が厚くゴツゴツしたその手は長年携わる職人の手だった。


「そんで、依頼されたもんはこれだな。確認してくれ」


「…ええ。期待以上のものだわ」


テドルはカウンター越しに木でできたトレーを出した。上に乗っているのは一つのペンダント。チェーンと台座は黒い金属でできている。特殊な素材なのか紫や赤の光を反射している。そして台座の中心にはめられているものは滑らかに加工された鱗のようだった。自らふわりと光を発しているそれは地平線からのぞく太陽のような輝きを秘めている。


「これってもしかして」


この輝きには見覚えがあった。


「嬢ちゃん知ってるのか。それぁ、かのレッドドラゴンの逆鱗で作ったもんだ。ったく御仁も人が悪い。こんな素材を翌日までに加工しろなんざなあ」

「あら、そのぶん料金は上乗せしたわよ?」

「…あれだけ積まれちゃあ断われねぇだろうよ。それに余った素材は好きにしていいなんて言われちゃあな」

「これ、そんなに貴重なものなんですか」

「…貴重なんてもんじゃない。レッドドラゴンっつーのはもう長らく倒されて来なかった。この店を開いた曽祖父が一度扱ったきりって話だ」


「…まあいいじゃないその話は」

灰さまはどこか気まずそうにそう言うとペンダントを手に取った。

「確かに受け取ったわ」

「おぉ。それぁ俺が作ってきた中でも最高の出来だ。宝飾としても魔法の触媒としても一級品だろう。またよろしく頼むぜ」


店を後にした後、少し歩いて人気のない高台のベンチに座った。


「こっちをむいてちょうだい?」

反射的に灰さまを見るとチャリ、と私の首に何かかけられる。先ほどのペンダントだ。


「こここれって、さっきの…!」


どのくらい払ったのかわからないがとんでもない金額だったのは間違いない。急に体が錆びついたようにギギギ…と顔を上げる。


「あげるわ。あなたのそばを離れてしまうお詫び」

「とんでもないです!私なんかのためにわざわざこんな価値のあるものを頂くわけには…んむっ」


慌てて開いた唇は灰さまの指で封じられてしまった。

「そんなこと言わないで?それにはわたしの魔力を込めておいたの。護身くらいにならなるでしょう。………あなたに何かあったらわたし、」

私の手をぎゅっと握る灰さまのその様子はいつもの余裕のある姿とは違って、なんだか小さな子供のようだった。


「…わ、わかりました。でも、灰さまも無事に帰ってきてくださいね。私、灰さまと共にいる時間が何よりも一番好きなんです」


自分の本心を伝えるのは苦手だ。赤くなる頬を自覚しながら灰さまの手に両手を添えて見つめる。面布ごしの目がとろりと溶けるのがわかった。


「ええ、約束する」


蜂蜜のような甘くとろけるような声だった。





翌日、泊まっている宿の前に馬車が止まる。王宮からの迎えの馬車だ。乗り込む私とは別に、灰さまは国王さまに挨拶はせずにそのまま行くらしい。


「…いってらしゃい、灰さま」

少し潤んでいる私の目を見て優しく顔を引き寄せると、おでこにそっとキスをした。

「…っ!!」

「いってくるわ、わたしの緋奈」

真っ赤になった私の頬を優しく撫でると、ゆらりと黒い影が立ち上がる。その影に飲み込まれるようにして灰さまは行ってしまった。



御者は驚いたように目を見張るが、すぐに平静を取り戻し私に向かって恭しくお辞儀をした。


「それでは、王宮までお連れいたします」


「…はい。よろしくお願いします」

声が硬くなったのがわかる。

灰さまと離れたのは出会った当初、あのとき助けていただいてから一度もなかった。森の生活で一人で外を歩いたときも、いつも灰さまを感じていたのに今は何も感じない。大切なものを失ったような、身体の中が空っぽになったような空虚な冷たさが広がる。こんな感覚は初めてだ。揺れる馬車の中、椅子に寄りかかる。深く息を吐き出す。


「…灰さま」


ぽつりとこぼれた声に反応するように胸元で何かが暖かく灯る。


…あっ


それは昨日頂いた逆鱗のペンダントだった。内包する光が炎のように揺らめいて、暖かな何かが私の中へ流れ込んでくるのがわかる。それは空っぽになった空白を埋めるかのように私の中におさまった。先ほどまで感じていた冷たさが和らぐ。内からの暖かさに思わず息が漏れる。灰さま、私は…



「私は、あなたのものです…これまでも、これからも永遠に…」




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