9話 国王と禁書
間が空いてしまいましたが、完結の見通しが立ったので終わりまで毎日投稿します。
国王さまの挨拶を受けて、灰さまも立ち上がる。よし、ここで自然に出れば変な空気にならないはず…。
すすっと出ようとすると、暗闇からあの触手が出てきて私の腰に巻きついた。ち、ちょっと灰さま…!おねがい、出させて下さい…!このままじゃ私、国王さまのお話を盗み聞きするすごい不敬な人になっちゃいます…!
せめて存在を主張しようと腕を大きく動かすが、灰さまの裾に手が当たる様子が全く無い。さっきも思ったけど、ここってなんだか空間が広すぎるというか、もしかして灰さまの人の姿ってガワだけなんじゃ…。
「わたしは灰と」
「ああ、急に呼び立ててすまなかったな。座ってくれ」
促され腰を下ろした灰さまと国王さまにどこからかメイドさんが紅茶を置いた。国王さまが訝しげな声で言う。
「おや、確かカイ殿は少女を連れていると聞いていたのだが」
あわててテーブルを見てみると確かに紅茶は3つ出されていた。
「あらあら、ばれてしまったわ」
灰さまは残念そうに言うと腕を少し振った。目の前の景色がベールのように歪んだかと思うと、パッと私はソファーに座っていた。
「へ…?」
ざわ、と扉の横に立っていた騎士たちが構える。よく見るとジャックさんだけ呆れたように見ているけど。見えてる騎士たち以外の方向からも視線を感じ体が硬直する。
「よい、構えを解け」
国王さまはそう言うと私に目を向けた。
「君は…」
その力強い真っ直ぐな目から目を逸らせずに、でも少し怖くて灰さまの着物の裾を握ると、すっと目線が遮られた。
「見過ぎでは?」
「あ、ああ…。だが君もこういうことはよしてくれ。これでも一応我は国王だからな。無闇な行動は控えてくれ」
その言葉に灰さまは肩をすくめた。反省…は、してないですね。これ
「それにしても、」
ん?また国王さまがこっちを見た。
「君の目は非常に珍しい色をしているな。その真紅の目はこの国の者には現れないものだ。名前は?」
「…緋奈です」
どこか憧憬を含んだような表情だ。でも私は今まで忌み嫌われてきた目を褒められてなんだか居心地が悪い。慣れてないからかな。困ったような表情が顔に出ていたのか国王さまは咳払いを一つして言う。
「ヒナ、君の着ている服は着物だな。この国から遠く離れた東の国のものだ。確かそこでは我が国と異なり赤目を迫害すると聞くが…。」
言葉を区切ると国王さまは少し目線をずらし寂しそうな目をした。
「?」
「いや、つまりだな。この国では君を悪く扱う者はいないだろう。王都にいる間、楽しんでほしい」
目尻を緩め柔らかな口調で言われた言葉は、私の心を温かくした。ジャックさんに言われたときと同じだ。くすぐったい気持ちになって笑みがこぼれるのがわかった。
「ありがとうございます…!」
「それで、そのような話をしにわたしたちを呼んだわけではないのでしょう?」
尊大な、それでいて少し不機嫌に聞こえる声で灰さまは言う。
「ああ、そうだ」
佇まいを正し、硬い声でそう言うと国王さまは部屋にいる従者、騎士に出ていくよう言った。
「あら、少し不用心じゃなくて?」
「カイ殿の前ではいてもいなくても変わらんだろう。あのレッドドラゴンを倒したと聞くぞ?」
苦笑しながらそういう国王さまに苛立ったのか灰さまは剣を増した声で言う。
「しばらくわたしたちの家の周りを嗅ぎ回っていたのはあなたの子飼いでしょう。まったく、鬱陶しくてかなわなかったわ」
「こちらとしても、送った影が皆記憶を消されて帰ってきた時は驚いた。まあ、だからこそ敵意は無いと判断して騎士たちを送ったんだが」
ん?なんの話をしてるんだろう。まるでジャックさん達の他にも人が私たちのことを探っていたみたいな。
「緋奈には気づかれないように処理してたもの」
…声に出してないのに平然と心読まれちゃった。私の肩を掴んで引き寄せると頭を撫でながら言う。
「それでだな」
仕切り直すように国王さまが言う。
「そなたたちを呼んだのは我が国の国宝である禁書が盗まれたためだ」
「禁書…?」
ポツリとこぼした言葉に頷いて、国王さまは深いため息をついた。
「国宝であり禁書である、おかしな話だろう。…我が国では赤の女神様を信仰していてな。彼のお方のお力でこの国は豊かに繁栄してきた。しかしな、これは本来王位継承者にしか伝えないものなのだが、」
国王さまは言い淀むようにしながら、沈んだ声で言った。
「その女神様は我々からの干渉を全て断ち切っておられるのだ」
ずっと私の頭を撫で続けていた手がピタリと止まった。
「先ほども言ったように、この国の民は赤い髪、赤い目のどちらも持ち得ない。女神様の祝福をうけているにもかかわらず、だ。そのため、盗まれた禁書に関しても我が国の者にとっては手がかりの一つも掴めない。だがおそらくすでにこの国を出ている可能性が高いだろう。王家の血を継ぐ我で精々そこに本が存在するかしないかわかるだけだ。表紙の文字さえ読めん」
「…そこまで拒否されていて未だその女神を信仰する理由は何?当然それをよく思わない者もいたのでしょう?」
「そうだな。だからこそ国の恥部と捉えた者達によってその本は禁書とされたのだろう。しかし我々は女神様に多大な恩がある。禁書はその証なのだ。」
少し顔を俯かせた灰さま。その顔は布に隠されていて見えない。
「そんな折、そなたたちが現れた。この国の者ではなく、大きな強さを持った者。盗まれてから時間が経っていると考えられ、犯人はこの国を出ている可能性が高い。報酬は出来うる限りのことをしよう。これまでの非礼を詫びるとともに、どうか禁書を取り戻してもらいたい」
切実な声でそう言うと、国王さまは少し頭を下げた。王の首は国の価値。そうそうに下げるものじゃない。ここまでするってことは、この国にとってその本はとっても大切な物なんだ。
「…いいでしょう。ただし条件が」
静まり返った部屋に響く声。国王さまをまっすぐと見すえて言う。
「一つは二度と私たちの家に部外者を差し向けないこと。もう一つは…」
優しく肩に手が触れる。
「調査の間、この子を王宮で預かること」
「わかった。どちらも誠意を持って対応しよう」
「いえ、私は灰さまと共に…!」
国王の話を遮るという無礼をしたことにも気づかず反論する。灰さまと離れる、それを考えたとき頭の中で警鐘が鳴った。わからない、わからないけどそれは嫌だ…!
「城に忍び込んで仮にも国宝を盗んで行った輩が只人であるとは考えにくいわ。あなたに危険が及ぶかもしれない」
いつもとは違い硬い声と雰囲気。私が何を言っても結論は変えないと態度が物語っている。
「でもっ!」
「緋奈。…いいわね?」
低い声に重い圧がかかる。だめだ。灰さまはもう動いてくれない。
「…わかり、ました」
「それじゃあ、調査は明後日から始めるわ。悪いけど、明日は先約で埋まってるの」
国王さまに向き直るともういつもと同じ声色だった。
「では明後日の昼頃に緋奈殿の迎えをよこそう」
灰さまは国王さまの言葉に頷き話は終わりとばかりに立ち上がり私を連れて退出した。帰りも行きと同じ高級そうな馬車が用意されていて、この件への本気度がうかがえた。
◆
手を引かれて部屋に入る。私は灰さまと離れることが不満でずっと下を向いていた。
「よいしょ」
「うわっ…!」
そんな私を抱きしめるとると灰さまはソファーへ座った。灰様のお膝に横向きで座るかたちになっている。…この体勢は少し恥ずかしい。
そんな私に、灰さまは国王さまと話していた時とは全く異なる柔らかい声で囁いた。
「そんな顔をしないで?勝手に決めたのは悪いと思っているわ」
「…べつに、気にしてません」
「そう?それにしては眉間に皺がよってるわよ?」
すりすり、すりすり
親指で眉間を撫でられるとだんだんと力が抜けていく。俯いていた顔を上げて灰さまのお顔を見る。
「やっぱり元通りの顔が1番かわいいわね」
見えない灰さまの口角が上がっているのがわかる。そんな灰さまとは対照的に私の心は沈んだまま。へにょりと眉が下がる。
「わかってます。私が付いていくべきではないのは」
そう。わかってる。灰さまは優しいからはっきりと口にしないが、私がいると灰さまの足手纏いになってしまう。でも、なぜだろう。灰さまと離れると思うだけで嫌な予感がする。このままずっと、こんなふうにお側にいたい。いや、いるべきだ…私は。…でも、
「すぐに解決して、迎えに来るわ」
ね?とかけられる言葉。優しくて、甘くて、ずっと聴いていたい声。でも、もうこのひとは意見を曲げることはない。胸騒ぎに蓋をして、灰さまの胸元に顔を埋める。
「明日はずっと一緒にいて下さい」
「ええ、もちろん」




