59.セカンドアジール
今回のお話は「あかりの自助グループ」について。
同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。
それから季節は巡った。
桜は緑をになり、夏が来て蝉が止まり、秋が来て枯れ葉が散って、冬を超えてまた春が来た。
アジールが閉会して一年が経っていた。
今月もあかりは自助グループの会場の門を開く。すぐにスタッフ達がやってきてあかりは主催者として礼を言った。
「ブルースさん、ミドリさん。二人ともいつもありがとう」
会場にはすでにブルースとミドリが待っていた。
まだテーブルと椅子は並べられておらず、二人はあかりを待ち構えていた。後ろ手に何か隠しているようだ。
「二人ともどうし……わっ!?」
「アカリ、就職二年目おめでとう! 辞めずによく頑張った!」
「アカリさん、セカンドアジール開催一周年おめでとうございます!」
パンパンとクラッカーがあかりに炸裂する。降ってくるカラフルな紙吹雪があかりの周囲で舞う。聴覚過敏なので少し耳が痛くて嬉しいがクラクラする。
「あ、ありがとう、二人とも……ちょっと耳が」
「ほら、ミドリ。アカリは聴覚過敏があるからクラッカーはやっぱり止めた方がいいって言ったじゃないか」
「わわ! すみません〜。お祝いにはクラッカーだと思って……アカリさん大丈夫ですか?」
「大丈夫、大丈夫……うん、持ち直してきた。それより二人ともありがとう、祝ってくれて」
あかりの調子が元に戻ったのでブルースとミドリはそれぞれプレゼントを差し出した。ブルースはライトブルーの封筒、ミドリはライム色の紙袋だった。
「ありがとう。私にとっては二人がスタッフを引き受けてくれたのが最大のプレゼントだけど、もちろん嬉しいよ。わわ、ブルースさん、ギフト券助かります。ミドリさんも本とお菓子、ありがとう」
あかりがブルースのプレゼントを開封するとギフト券が出てくる。ミドリの袋にはマドレーヌの詰め合わせと本が入っていた。
ミドリがしらーっとブルースを見上げるが本人はいつものことなのでケロリとしている。
「ブルースさん、プレゼントがギフト券ってお金をあげてるようなものじゃないですか。夢がないです」
「ミドリはいちいち真面目すぎるんだよ。アカリだって助かるって言ってたじゃないか。もう大人なんだから買うものは自分で決めれば一番さ。大体ミドリだって本って……ああ、この本か。ミドリも好きだねえ」
ブルースとミドリは新しくスタッフを始めてからいつも丁々発止の掛け合いをしていて、聞いているとあかりは楽しい。
「う。だって推しの本は読まれるほど嬉しいし……ねえ、アカリさんだって嬉しいですよね」
「もちろん、でも私もこの本もう買ったんだ」
「がーん!」
「でも嬉しいよ。こっちは保存用にしておく。さ、そろそろ準備始めよう!」
「はーい」
「いつも通り、さっさとやるか」
あかりはここで一年前から発達障害の自助グループをやっている。
雪白がアジールを閉会した月の次の月から「セカンドアジール」という自助グループを開催していた。アジールと同じ場所で、アジールと同じく女性限定だ。
最初は分からないことばかりで苦労したが二人の支えもありなんとかやってこれた。
「いやはや、最初はアカリが自助グループやるって言い出す時はどうなるかと思ったけどちゃんと続くもんだね」
テーブルを並べながらブルースが話しかける。
あかりはセカンドアジールの初開催の一年前から計画を練っていた。
雪白の閉会のお知らせを聞いた時から二人には「アジールが終わってもここで自分で自助グループがやりたい。もしよかったらスタッフとして手伝ってほしい」と頼んでいたのだ。
「私はミドリさんが引き受けてくれたことが意外だったかな。もう雪白さんのグループじゃないし」
「いえいえ、私は一年と少しでアジールがなくなってスタッフ欲がまだ満たされていなかったんですよ。セカンドアジールがなければ別のグループのスタッフをやっていたと思います。しかも場所も名前も引き継いでくれて引き受けない理由がありませんよ」
ミドリはテキパキと受付を設置している。
あかりは二人が働きやすいように設営セットをいつもの場所に置いたり、早めに指示を出したり、気を配った。かつては雪白もこういう気苦労をしていたのだろうか。
ブルースは茶目っけを出しながらあかりを少しからかう。
「いやいや、私はアカリがまだ仕事を辞めてないことが意外だよ。てっきり泣いて逃げ出して大変なことになると思っていたからね」
「ひどーい。それはそうとブルースさん私、一日八時間働くことにしたんですよ」
「ええ? それ大丈夫?」
ブルースの顔が本気で心配していてあかりは苦笑した。彼女は皮肉屋なくせに心から面倒見がいい。
あかりはローラでずっと働き続けていた。ずっと週四日、一日六時間で働いていたのだがこの度希望して一日八時間働くことになった。週四日はそのままだ。
「週に五日働くかとも誘われましたが、そこは体調が不安なので断りました。お金的にはその方がいいんですが、やはり続けることが第一ですから」
医師にもよく相談して決めたことだ。これで月に十ニ万円ほどの収入になる。税金も取られるが障害年金もあるのでなんとかあのアパートで一人暮らしを続けていた。美希の家は近くてよく遊びに行っている。
「ミドリさんこそ、大丈夫ですか? なんだかんだフルタイムじゃないですか」
「えへへ、まあしんどいですが、仕事は特性的にあっていて楽しいです。アカリさんと違って実家暮らしですし、まあ今はなんとかやってられますよ。
それはそうとアカリさん、確かヘルパーさんに来てもらうことになったとか?」
「うん、水曜日に来てもらえることになって、掃除とか洗濯とかしてもらってるよ。最初は家にあげるのに緊張したけど、これなら私の家も最低限は片付きそうだよ。なんだかんだ疲れると部屋が荒れてたから」
「うーむ、私も将来一人暮らしする時は考えようかなぁ。アカリさん、業者の名前を教えてもらっていいですか?」
アカリがヘルパー事業所の名前をミドリに教えているとブルースが近寄ってくる。
「おやおや、二人とも真面目だね。生活なんて適当になんとかなるさ。それにミドリは実家を出る必要なんてないじゃないか」
「でも永遠ではないと思うんですよ。親の支援はありがたいですが、親は先に死にます。そのことも見据えて一人暮らしに今のうちにチャレンジするのもありかなって」
「その真面目なとこが辛くならないかおばさんは心配だよ」
「それにブルースさんだって、就労移行支援に通うことになったじゃないですか! 自分だって新しいチャレンジしてるくせに〜」
あかりは驚いてブルースを振り返ると気まずそうな顔をしていた。
「ええ、本当ですか? ブルースさん、移行支援には行かないって言ってたのに」
「いや、その……ミドリが自分の就労移行は本当にいいところだって演説するから、ちょっといいかなって。私もいい歳して今更だと思うけど」
「だってブルースさんめちゃくちゃ仕事できるじゃないですか! 一緒にスタッフをしてると嫌でも分かります。その能力は社会で活かすべきですよ! それにそんなに歳じゃないですよ」
「こちとらもう五十近くだよ。病気のこともあるし休んでおこうと思ってたんだけど……なんかミドリの話に乗せられちゃって。全然そんな気なかったのに、会話してるとそれもありだって思わされるから不思議だよね」
「……」
照れたブルースの顔にあかりは時間の流れを感じずにはいられなかった。人との交流は少しずつ人を変えていく。
あかりはポケットのスマートフォンに触れた。そこには小百合のLINEがさっき送られてきた。
時間は減ったがあかりと小百合は交流を続けていた。そして驚くべきことに半年前、小百合はポラリスに通うことを始めた。
……「自分でも驚いたけどさ。でも里中さんのいないキリンはやっぱり寂しくて……何か新しい居場所が欲しかったんだ。せっかくだからあかりが通っていたところにしようって」……
そう笑った小百合は昔のように美しかった。出会いがそうであるように別れも人を変える。誰もが少しずつ変わっていく。
アジールがセカンドアジールになったように。里中がいなくなったことで小百合がポラリスに行くようになったように。
(私も四十三歳になったしな)
歳月とともに人間は変わっていく。とりあえずは一生懸命働いたお陰か、体重が六十八キロになって、ついに六十キロ台だとささやかな変化に喜んだ。
三人で話しながらも手は止めないので設営はできた。そろそろ参加者が受付にやってくる。
「ようこそ、セカンドアジールへ」
あかりが主催者になったことで「主催者が雪白さんじゃないとちょっと」と参加者は当初まばらだった。しかしサードプレイスや結が宣伝を手伝ってくれたので今は十人程度は集まるようになっていた。
あかりも向こうのグループの良さは知っていたのでセカンドアジールでも宣伝していた。こうしてたくさんのグループで協力することでまだ見ぬ誰かの居場所になることができる。
最初は常連の参加者がやってくる。あかりとブルースで受付をして、ミドリは飲み物コーナーを案内している。
大体十人が集まると自己紹介を始めるか考え始める。
するとまた一人の女性が受付に近づいた。なんだか明るい色の服を着ているせいか春の気配のする女性だった。
「あなたは……?」
何か懐かしさを感じてあかりは立ち上がる。
「リンダさんに聞いてまさかと思っていたけど、本当にあなたが主催者になっていたんですね……お久しぶりです」
「ミサキ、さん?」
すっかり様子の変わったミサキだった。
もう来ないと思っていたミサキ、その真意とは?
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次回は「最終回」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。
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