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53.あかり、仕事を頑張る!

今回のお話は「あかりの頑張り」について。

同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。

 仕事を始めたあかりは夕食を家族と共にするようになっていた。母は相変わらずあかりに怯えていたがあかりは美希と夕食を食べるのが楽しかった。


 ある日のこと。夕食が半分すんだ頃、父は宣言した。


「来年、この家から引っ越すぞ」

「ええ!?」


 誰より驚いたのは母だった。あかりと美希は予感していたので箸を置いただけだった。


「何を驚いている。もう俺たちも七十前だ。そろそろ二人だけの家を借りた方が安く済むだろう。こんな広い家はもう必要ない」

「何を言っているんですか。あかりと美希はどうなるんですか?」

「もう四十前後の娘たちだ。自分たちで暮らせばいい。美希はマンションを買うんだろう?」

「うん、いくつか見学してる」


 美希は頷いた。美希が休みの日は転職活動とマンションの下見をしていることをあかりも聞かされていた。


 母はまだ食い下がった。


「でも、あかりは……」

「俺もあかりはどうなるかと思った。しかし引きこもりをやめて、どうにか働いているじゃないか。それでどうにか暮らせると言っているなら引き止める理由はない」


 あかりと父は話し合っていた。仕事が見つかった。しかし、まだ続けることに不安があるから約束の一年までここで暮らしていいかと相談を持ちかけた。父は少し考えて、一年ならいいだろう、食費を入れて貯金だけはしておけと言われた。


 その時に引越しの話はされていた。おそらく美希も似たようなものだろう。


 おそらく母だけが知らなかったのだ。


「でもそれは障害者の仕事じゃないですか!」


 母の声は悲鳴のようだった。しかし父は取り合わない。


「だから、なんだ?」

「まともじゃないってことです。普通の仕事とは違うじゃないですか。そんなところに娘を行かせるなんてあなたは平気なんですか?」

「出て行ってくれるなら俺はどうでもいい。あかりも美希も四十前後の大人だ。大人なんだからいつまでも家で子供部屋暮らしをするより、一人暮らしをした方が健全だろう」


 母はいつも父に従順だった。こんなに父相手に食い下がる母の姿があかりは意外であり、その理由を考えると胸が痛んだ。


「あなた、あなた、どうして……娘が普通じゃないことが平気なんですか?」

「そんなことにこだわっているのは弓子だけだ。お前こそ、四十過ぎた娘に執着しすぎだ。子供は家から出て行くものだろう。なぜそれに反対する?」

「だって娘がまともじゃないと親戚になんて言われるか。障害者雇用なんて誰にも言えない。しかも障害年金なんてものまでもらっているんですよ」

「今までの方がまともじゃない。十七年も引きこもりをしていたあかりがやっとまともな大人になったんだ、なぜ喜ばない?」

「引きこもりなんて……違います。あかりはずっと家事手伝いだっただけです。女の子ならそんなの普通でしょう?」

「普通なわけあるか、ずっとこの家は普通じゃなかった」

「この家がずっと、普通じゃなかった……?」


 母は堪えていた涙をこぼした。嗚咽を漏らして廊下に駆け出す。父は追うことはなく食事を続けた。


「いつもは静かなのに、口を開くとこれだ。どうして弓子はこだわるんだろうな」

「お母さんは昔からああだよ、お父さんが知らないんだよ……ひどい言い方だよ、お姉ちゃんは発達障害ってだけなのに普通じゃないとか、まともじゃないとか。まともじゃないのはお母さんだよ」


 美希がそういうと夕食は終了した。あかりは部屋に隠した診断書のことを思い出した。








 あかりはローラで週四日働いた。一日六時間、午前九時から休憩を挟んで午後四時まで働いた。ローラは障害者雇用に積極的で職場には他に何人か障害者雇用の人がいた。


「おはようございます!」


 あかりは大きな声で朝の挨拶をする。ポラリスの講習で習った「基本は挨拶、元気にいうこと」を忠実に守っていた。コミュニケーションは苦手な分、挨拶だけはしっかりしていたい。挨拶をすると無口な人以外からは挨拶が返ってくる。会釈だけの人もいた。


 あかりは担当の人と一緒に、朝はまず社員が使っているドリンクコーナーでコーヒーをセットした。他のものも軽く清掃して、バックヤードに戻って服にタグをつける作業をした。


 社員が女性ばかりで最初は驚いたがタグをつけているうちに気づいた。ブラジャーや補正下着がメインの商品で服は半分くらいだ。なるほどこれは男性は働きにくいだろう。


 昼ご飯に母が作ってくれた弁当を食べていると診断書のことがチラついた。


 午後は品出しをしたり、ポップを描いたりしていると自然と終業時間になった。町田医師に勧められた発達障害の薬のお陰か、ミスは少なかった。


「お疲れ様です!」


 午後四時になると障害者雇用のメンバーは残業はなく、帰っていく。まだ職場に馴染めたわけではないが「お疲れ様です」と挨拶が返されるだけで少しずつこの場所を居場所だと感じることができた。


 今週も無事に終わることができた。今日は金曜日でやっと土日だ。あかりは帰宅して、ベッドの上に身を横たえた。


「疲れた……」


 これで働き出して二ヶ月だ。まだ二ヶ月とも言えるし、やっと二ヶ月とも言える。あかりはいざとなれば自分が逃げ出すのではないかと不安だったが今のところその気配はない。静かな職場で人間関係が密ではないところが安心できた。


 二ヶ月経つと「仕事の疲れ」というものが身に染みるようになった。まだまだ働くだけで疲れ切ってしまう。一年後に一人暮らしなどできるのか。


 起き上がると服を脱ぐ。服装はオフィスカジュアル程度でいいと言われたので、スーツは着ずクローゼットに封印していた。以前ポラリスに通っていた時のゴムの黒いズボンとライトブルーのワイシャツを脱いで、スウェットの部屋着に着替える。


「うーむ」


 通帳を見る。ローラの給与は時給制で大体一ヶ月十万円ほどだった。障害年金は月に七万円ほどだから、あかりは月に十七万円の収入があることになる。小遣い一万円だけが収入源だったことからすると随分な進歩だ。


 なんとか自立できる金額だったがあかりは一人暮らしで家事をしながら仕事を続ける自信がまだなかった。


(結局、親に甘えているのかもな……)


 一年だけとはいえ、働くのに慣れるまで衣食住を保証されているのは助かる。食費は月に三万払っているが帰ったら夕食があって、それを食べるだけの生活が仕事に疲れた身には心底ありがたい。母との関係を考えるといつだって複雑だ。


「とりあえず、時々家事手伝って、お父さんの言うとおりお金を貯めよう。うん、甘えてるとか落ち込むよりその方が建設的……なはず」


 あかりはコピー用紙を取り出して「目指せ百万円!」とボールペンで書いて壁に貼った。家に住んでいいのは父の許可があるし、あかりは自分のことを考えていればいい。


 カバンから空の弁当箱を取り出すと母の診断書が同じカバンに入っていることを思い出した。


 母の診断書は奪い返されるのが不安で外出時はいつもクリアファイルに入れて持ち歩いている。内容が剥き出しなのが不安で今は不透明なグレーのクリアファイルに入れている。家にいる時はクローゼットの一番下の引き出しの裏にセロテープで貼り付けていた。


(もう……返しちゃおうかな)


 あかりはこの状況に疲れていた。母は陰で探しているかは知らないがあかりの前では怯えていた。


 けれど母が信じられない。障害年金のことは町田医師が言っているように大丈夫かもしれないが、もし母がローラに「あかりを辞めさせろ」という電話をするのではと想像すると今積み上げているものを粉々にされそうで診断書を手放せない。


 この前の会話だってそうだ。父にあんなに「あかりは普通ではない」と嫌そうに言っていたではないか。


「返さなくても、雪白さんに相談……」


 じっとスマートフォンの連絡先を見る。何度か言おうとした。けれど自分が加害者だという意識があかりを相談させなかった。返しなさい、と言われることが怖かった。

最初は仕事こなすだけで精一杯だと思います


感想・ご意見など気軽にお寄せください。

次回は「あかりの母、ミドリの母」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。


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― 新着の感想 ―
お疲れさまです! あかりちゃんもお疲れさま……ほら、甘いものだよ……たんとお食べ…… ついにパートで働くようになったあかりちゃん!順調そうだが疲れは大丈夫かあかりちゃん!息抜きをいい感じにしていこうぜ…
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