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5. 言うんじゃなかった、母の言葉に逃げるように自助グループへ

今回のお話は「初めての自助グループ」について。

同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。

 勢いでJRに乗ってぼうっとあかりは椅子に座っていた。電車の中は閑散としていて、俯いていても目立たなかった。


 ぐずぐずと出ていく涙をスウェットの袖で拭う。電車で泣くなんてみっともない。それでも今は泣き叫ばないだけで精一杯だった。


(診断なんて受けるんじゃなかった。お母さんは私が嫌いだった)


 何にもいいことはなかった。むしろ母は、そしてきっと家族みんな、あかりを忌み嫌っていることが浮き彫りになっただけだった。薄々気づいて、でも直視したくない現実だった。


(誰も理解なんてしてくれない。発達障害なんて分かっても誰も優しくしてくれない……これからどうしよう)


 どこかで診断に期待していた。それが裏切られた今、発達障害なんて忌々しいだけだ。


 身綺麗なカップルがチラチラとあかりを見る。バカにした所のない心配そうな眼差しだった。何も考えず飛び出してきたあかりは上下で白黒のスウェットを着て、スマートフォンだけを持っている。


 いつも部屋で過ごしてる格好だ。家ではパジャマとして着ているが一応外に出られる服装のはずだ。多分、服装で気になるのではなくあかりがずっと泣いているからだろう。


(ハンカチかティッシュくらいもっとけばよかった)


 それでも他人の視線に恥ずかしいとまた袖で顔を拭った。


「大丈夫ですか?」


 カップルの女性の方がポケットティッシュを差し出した。男性も心配そうな顔であかりを見ている。よほど派手に泣いていたらしい。迷ったが受け取って、透明なビニールの袋からティッシュを一枚取る。


「ありがとう、ございます。すみません、し、仕事で失敗しちゃって……すみません」


 ティッシュで涙を拭い、恥ずかしかったが一度鼻を噛む。少しスッキリした。


 何度もすみませんという。そして大嘘をつく。仕事など何年もしていない。それでもカップルはパッと見て立派な社会人という風体でこれ以上情けないと思われなくないという気持ちが勝った。


(私ってこんな時でも見栄を張るんだ)


 まるで母みたいだ。思えば母はいつも人目を気にしている人だった。


「もう大丈夫です。次で降りますから」


 そう言ってあかりは三宮駅で降りて、二人に手を振った。二人が優しく手を振りかえしてくれたのであかりは余計に惨めだった。




 チラシを頼りに三宮駅から歩いた。スマートフォンのマップ機能がなければ辿り着けなかっただろう。正直、いつも部屋から出ないので駅からここまで歩いて足がきつい。


「来ちゃった……」


 洒落たコンクリートの建物を見上げるとあかりはチラシを持った手をじっと見下ろした。ポケットに入れていたので四つ折りの折り目がついている。あの日、老婦人にもらった発達障害の関連イベントのチラシだ。


 もう一度チラシを見る。確かに場所はこの建物であっているし、日時も今日これからだ。


『発達障害の自助グループ(女性限定) アジール 初めての方も気軽にいらしてください。お茶菓子を出して待ってます』


 そんな文言がチラシの一番上に赤に近いピンクのゴシック体で書いてあった。こういうイベントに来ることがないので怪しいのかそうでないのか分からない。それでも家以外にどこかいる場所が欲しかった。


(お母さんもああ言ってたし、発達障害のことなんてどうでも……でも家に帰りたくない)


 それに老婦人に興味があった。母と違い、初対面のあかりに気軽に「私も発達障害なのよ」と言っていた。

 他人の目など気にしないのだろうか。発達障害のことで家族に理解される期待はもうないが、自分以外に発達障害の人がいるのだと思うと気になった。


(いいや、家にはいたくない。それにお茶もでるって書いてあるからそんな悪いとこじゃないでしょ)


 そう思って洒落た現代建築の建物に入って、地図を探す。少し分かりづらい建物だったが地図とチラシの「会議室 四」という言葉を頼りにドアの前に辿り着く。


 会議室・四のドアは空いていた。「アジール会場はこちらです」とコピー用紙にペンで書かれた貼り紙があり、ホッとした。


「あ、あの……こんにちは」

「あら、来てくれたの」


 ドアを超えたすぐ横にあの老婦人はいた。長テーブルに椅子を並べている。前と同じ花柄の杖を傍に置いている。


「ようこそ、アジールへ。世間で生きるのは大変でしょうけど、ここでは自分のままでいいのよ」


 老婦人は言って手を振るが、すぐに顔をしかめた。どうやら膝が痛いらしい。花柄の杖に手を伸ばして寄りかかる。


「いたた、怪我はしたくないものね」

「大丈夫ですか?」


 あかりは自分のことも忘れて、老婦人に歩み寄った。本当に痛そうでこんな状態で椅子を並べようとしていることが信じられなかった。老婦人はため息をついた。


「年はとりたくないわね。大丈夫、いつもはこんなに痛くないから。すぐに準備を」

「……やりますよ」

「え?」


 乗りかかった船だ。それに今は何も考えたくない。どうせなら誰かの役に立つことをしたい。


「椅子を並べるだけでしょう? それなら私がやります。指示だけお願いします」


感想・ご意見など気軽にお寄せください。

次回は「診断の後悔」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。


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― 新着の感想 ―
今のところ桃プリンさんだけが心の支えに(´・ω・`) 桃プリンさん、早く助けてあげてー!と叫びたくなった私が通ります
お疲れ様です! おおお、自分からやると声をかけられるのいいですね!あかりちゃん!がんばれ……がんばれ……
初めまして! 乃土雨(のどあめ)と申します。 一気に5話まで読みました。 当事者の目線で、心情の描写が丁寧だなと思いました。 エピソード4の母親とのやりとりはかなりリアルに感じました。 ブックマーク…
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