49.お母さんの真実
今回のお話は「母の真実」について。
同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。
それから数日、あかりはずっと家に帰る度、家のポストを確認した。障害年金に申請したのは四ヶ月前、そろそろ結果が来るのではないか。全て郵便で連絡されることがネット世代にはもどかしく感じられた。
ローラで働くのは来月の頭からだ。あかりは今から朝七時に起きる練習をしている。
(年金に受かっていたらどうしようかな? すぐに家を出る? それとも約束の日までまだ時間があるから家にまだいる? お父さんに相談しないと……お金を貯めることも考えないといけないかな)
ポラリスには退所を申請した。就職で次のステップに進むことをスタッフたちはみんな祝福してくれた。あかりはポラリスを出るともう一度入り口に感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
あかりはまた神戸駅のしまむらに行って、ローラに行くためのシャツと黒いズボンを買い足した。前のものは少し傷んでいる。それもポラリスに行くために頑張った証拠だ。靴も革靴に見えるスニーカーに買い替えた。化粧品も下地とパウダーファンデーションと落ちないと評判の口紅を買い足す。
(それにしても……何しよ)
突然、十日ほど休暇ができる。今まで忙しかった分、ポツンとした気持ちになる。アジールもサードプレイスも先だし、小百合のことを思うとキリンにも行き辛い。キリンには土曜日だけ顔を出していたが小百合はその時にはいなかった。
(実は明日、誕生日なんだよね。何か自分にプレゼントでもしようかな)
ついに四十一歳になる。四十一になる自分がなんとか就職が決まっている自分でよかった。
ベッドに寝転び、スマホでメッセージアプリを起動する。桃プリンにも報告しなければ。
《桃プリンさんへ。今までありがとうございました。ついに就職先が見つかりました! 来月から頑張ります》
《って、なんか書き方お別れみたいですね。大袈裟にかいてすみません》
するとすぐにいいねがされた。おそらく桃プリンは昼に仕事をしているのだろう。大体、昼のメッセージにはいいねだけついて夜に返信がある。
ふとある光景が浮かぶ。母のタンスを触った時の記憶だ。
(……お母さん、いるかな?)
部屋を出て、リビングと母の寝室を見るがいない。
今は平日の昼間だ。美希と父は仕事でいないし、母は買い物に出掛けていることが多い。夜はテレビの音がするリビングが昼間はしんとしている。
玄関を確認する。鍵がかかっていた。母はおそらく買い物でしばらく帰ってこない。
「……確認するだけ、だから」
あかりは母の部屋に入った。まっすぐにタンスの方へ歩く。タンスは五段でどれを小学生の頃に見たのか記憶ははっきりしない。
思いつき、あかりは上の方から一段ずつタンスの引き出しを開けていった。すると記憶と一致する引き出しを二段目に見つける。確かこの宝石箱が入っていた。着物や書類もある。
あかりはもう一度、廊下の方を見るが静かなままだった。あかりは思い切って引き出しを抜き出し、床に置いた。そして宝石箱や着物を退けて、書類の封筒を探した。封筒はいくつかあって昔の手紙や年金の書類だった。
(あった)
記憶と同じ封筒が見つかる。それは記憶と同じ、引き出しの底にあったA4用紙が入る、大きな古い茶封筒だった。どきりとする。封筒には「⚪︎×病院」と書かれていた。
そして封筒を取り出すと数枚の書類が出てきた。
【小川弓子さんは数値に大きなばらつきが認められます】【アスペルガー症候群と診断】【昭和××年⚪︎月⚪︎日】
(本当にあった……お母さんは発達障害と診断されていた!)
あかりの古い診断書を持つ手が震えた。咄嗟に手元のスマホで写真を何枚も撮る。母はあんなにあかりの発達障害を認めないと叫んでいながら発達障害と診断されていたのだ。
(なら、どうして?)
葬式の母の姿を思い出す。
……「お母さん、最後までまともになれなくてごめんなさい」……
だからなのか? 母は祖母のために発達障害のことを忘れてしまったのか?
そう思った瞬間、ガチャリと玄関の鍵が開く音がする。
「……ふざけないで!」
母の声だ。ビリと紙を破く音も聞こえた。急に引き出しを元に戻すこともできず、あかりは咄嗟に診断書を持ったまま廊下に出た。
母は玄関で封筒の中身を取り出してそれを破いたところだった。
「お母さん……何してるの?」
「あかり、あんた、なんてことしたの!?」
幸いというか母の部屋に侵入したことには気づいていないらしい。母は何かの手紙に怒り狂っているらしい。
あかりは咄嗟に母が破いた手紙を見た。それは障害者年金が受給できるという通知書だった。受給のところで紙が半分に破けている。
「しょ、障害年金なんて、冗談じゃない! 年金事務所に電話して取り消してやる! 私の娘はまともな人間なのにありえない!」
「……動かないで、お母さん!」
あかりは盾のように母の診断書を掲げた。
母は凍りついたように立ち尽くし、その隙に障害者年金の通知書を取り上げる。
「……ど、どうして、あんたがそれを?」
「何が普通よ、お母さんこそ発達障害じゃない! 取り消して、年金事務所に電話するって言ったの取り消して!」
「や、やめて、そんな大声で……だって、あんたがまともじゃないと私もまともになれない。子供が普通じゃないと母親は普通になれないの!」
あかりはきっと母を睨むと診断書と年金通知書を持って走った。自室に入ると椅子を持ってきて籠城するようにドアが開かないように斜めに立てかけた。
「開けなさい! それを返して!」
「いやだ!」
どんどんと母がドアを叩く。母の声はいつもの迫力はなく、弱々しくすがるようだった。
「お母さん! 年金事務所に電話するっていうのやめないなら、私、この診断書をコピーしてこのマンション中のポストに入れるからね!」
「な、何言ってるの……ひ、人のタンスを勝手に開けて!」
「私は本気だよ! 親戚にもバラす! だって私の手には証拠があるもの!」
「や、やめて……お願い、やめて……あかり、分かった、年金事務所に電話しない。だから返して……誰にも言わないで」
最後には母は啜り泣いていたが、あかりは決してドアを開けなかった。
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次回は「母の過去」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。
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