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48.就活!頑張る!

今回のお話は「あかりの就活」について。

同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。

 安堵したあと、いつものようにアジールを開催する。


 メインの受付が終わってあかりが一人で受付に座っているとミサキに話しかけられた。いつもより元気がなさそうに見えた。


「……あの人、スタッフになったんですか?」


 こっそり指でミドリを示す。ミドリは離れた場所で雪白と話していた。


「う、うん、そうだよ。ミドリさん、私一人じゃ大変だろうって……それにミドリさんは雪白さんの本のファンで前からスタッフやりたかったんだって」

「やっぱり、あの人、ズルいな。そんな簡単に雪白さんに近づけて」


 ミサキはおそらくミドリと同じように雪白の本のファンなのだ。ミドリと違うのは決して雪白に話しかけようとしないことだ。


「あの、ミサキさん……雪白さんと話したいんだよね? 私、雪白さんを呼んでくるよ。ミサキさんは雪白さんに会いにきたんだって」

「やめて!」


 立ち上がろうとしたあかりをミサキが遮った。強い拒絶の声にあかりは立ち上がれず椅子に戻ってしまった。ミサキの瞳はまるで嵐の海のようだった。


「……昔話、していい?」


 あかりはじっとミサキの目を見ると頷いた。


「私は半年前、精神病院から退院した。鬱だけじゃなくていくつか病気になって、様子がおかしくなって入院するしかなかった。入院中はお金を稼げないから家族には嫌味を言われたよ」

「そんな……病気なのに」

「そういう家族なの。父はギャンブルで母は買い物。子供が稼いだ金を取り上げるなんて当然。そんな親だけど……なんでか離れられない。いつか変わってくれるんじゃないかって希望を捨てられない」


 あかりはギクリとした。母に認められたいことを諦められない自分のことのようだ。


「半年位入院してたかな……そこで雪白さんの本に出会った。発達障害の診断は受けていたけど、家族は誰も受け入れてくれなかった。でも、雪白さんの本を読むと……初めて発達障害を受け入れられた気がした。家族が誰も怠け病としか呼ばなくて、それで怖くなって誰にも言ったことがなかったのに、本の世界では受け入れられた気がした。

 それから私は雪白さんの本を十冊全部読んだ。こんな人がいるんだって世界が少しだけ信じられる気がした。そして……アジールを知った。雪白さんに会えると思った」


 ミサキはとても神聖なものを語るように雪白のことを語った。


 いつもミドリに対して冷たい言葉をこぼすミサキのそんな姿にあかりは何かしなければと感じる。だって雪白はミサキのほんの五メートル先にいるのだ。


「なら……話そうよ。雪白さん、ほんのちょっと先にいるじゃない」

「いいんだ。だって……こんな私、見せたくない。恨みと妬みばかりで他人に見せられるような私じゃない」

「雪白さんはそんなこと思わないよ、とても優しい人だから」

「知ってるよ! でも、でも……!」


 あかりは手を伸ばしたがミサキはそのまま走り去るように帰ってしまった。








 あかりは就活を続けた。ポラリスやハローワークで相談して、フルタイムの事務職だけを狙うのをやめた。パートタイムも視野に入れ、軽作業、ピッキングや清掃の業務も応募の対象に入れた。


 それでも気が付けばあかりは三十社以上を落ちていた。


(私を入れてくれる会社なんてないのかな……?)


 ポラリスで履歴書を書きながら落ち込んでいると話しかけられた。


「八木さん、少しいいですか?」


 ポラリスで話しかけられた。よく就活の相談に乗ってくれるスタッフだった。


「求人があるんです。パートタイムでもいいなら、いい職場だと思うのですが……」


 そう言われてポラリスの紹介で神戸の海の方にある会社を見学した。大きなビルの中にいくつかテナントを借りているようだ。


 ローラというのが会社名らしい。主に服飾を取り扱っている会社で活気があった。会議室でスタッフと一緒にその会社の社員に説明を受けた。すらっとした中年男性で穏やかな空気を纏っていた。


「うちは障害者雇用に力を入れています。主に服のタグ付けをお願いしています。あとポップを描いたり、雑用全般をお願いしています。飲み物コーナーのコーヒーメーカーの清掃などもお願いしているんですよ。パソコンで基礎的な作業ができるならアンケートの入力などもお願いしておりますが、主にはバックヤードの業務になります」


 あかりはメモをとりながら、多様な業務内容だと思った。でもその方がADHD的には飽きないだろうか。


 社員は説明が終わるとと服のタグ付けの様子や社内の風景を見せてくれた。


「実は長く働いていた障害者雇用の社員がフルタイムの仕事に転職したんです。だから、うちとしても来てくれると助かるのですが……うちは基本的にパートタイム労働ですが、長い時間働くこともできます。どうですか?」

「もちろん、私はやってみたいです」

「おお、そうですか。それでは面接を受けてみますか?」

「はい!」





 あかりはローラの面接を受けた。丁寧な字で履歴書を書き、ハローワークで習ったように空白期間のことを聞かれたら堂々と答えた。


「はい、ずっと病気で自宅療養していました。今はかなり治ってポラリスにも週四日、朝から通っています」


 他のことにも堂々と答えられたと思う。嘘もつかなかった。


 そして二週間後、あかりはその封筒を受け取った。


「やった……!」


 ローラの採用通知だった。パートタイムだがやっと合格することができた。


 就活を初めて半年、あかりは四十一歳の誕生日が近かった。最高の誕生日プレゼントだ。


 美希やアジールのスタッフにLINEで報告するとみんな祝福してくれた。


(ローラは週四日働いていいって! あとは障害年金さえ通れば、家を出られる!)


 それは初めてアジールに行った日に願った事だった。本当に叶えることができると思うと武者震いのように少し震えた。


 美希が帰ってくるとあかりの部屋に来て、お祝いのカップケーキを渡してくれた。帰ってきた父に報告すると「やっとか」とそっけない言葉だったが少し笑ってくれた。


(お母さんには……)


 母に話すことは躊躇われた。普通の母なら引きこもりだった娘が働くことは喜んでくれるだろう。しかし、母は普通であることに執着し過ぎている。


(やめとこ、障害者雇用だもん。反対しかしないよね……)


 リビングの母の背中を一度見に行った。しかしあかりは結局、就職したことを話さなかった。

こうしてお母さんに話せないことが増えていく


感想・ご意見など気軽にお寄せください。

次回は「母の真実」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。


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お疲れさまです! うおおおおおおおおおおおめでとおおおおおおおおお!あかりちゃん……!すごいよ!がんばったもんね……よかった……よかった……お母さん(わたしは母ではない)はうれしいよ…… あかりちゃん…
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