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47.頑張れない人にも気持ちがある

今回のお話は「小百合の気持ち」について。

同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。

「疲れた〜」


 就職活動に疲れたあかりは久しぶりにキリンに来ていた。最近は平日は忙しく土曜日にしか来ることはできない。


「よっ! 小百合、頑張って〜!」

「もう、あかりったら!」


 今日のキリンはお茶会だ。百円を払ってお菓子とお茶を楽しむ。その時間に小百合はずっと練習しているギターを披露することにした。


 みんなの前で流行りの曲のコードを必死で弾く小百合をあかりはカッコいいと思った。高校生の時に学年で成績十位になり、陸上部で大会に出た小百合を思い出す。


(小百合、やっぱり昔と変わらない。なんでもできるんだ!)


 小百合が三曲を弾き終えるとあかりはまたパチパチと拍手をした。小百合は照れた顔で手を振るととあかりの隣に座った。


「小百合、すっごく上手くなったね」

「ありがとう。里中さんのお陰だよ、ずっと丁寧に教えてくれて……里中さんがいなかったら私こんなにキリンに通えていなかったかも」


 父のことで里中に相談したことを思い出し、あかりはうんうんと頷いた。


「うん、里中さん頼りになるよね」

「里中さんも河村さんもいるし、私はずっとキリンにいたいな」


 小百合は少し遠い目をした。ギターに置いた手に力が籠る。あかりはそれには気付かず談笑していた。







 途中まで一緒に帰ることになった。小百合は少し寂しそうだった。


「あかり……就活、まだ忙しい? もうキリンにはこないのかな?」

「うーん、私も行きたいんだよ。ただ、家を出る期限があと一年ちょっとだから、今頑張らないとまずいというか。私も自分でびっくりだよ、こんなに忙しくなるなんて」

「……そうだよね、お父さんが出ていけって言ったんだもんね」

「就活、もう二十社落ちたけど、もはや慣れてきたよ。あはは。でもハローワークで面接の講座受けて、少しマシになったよ。空白期間を聞かれたら堂々と病気で療養してた、今は治りましたって言えばいいって。内容より堂々と答えることが大事なんだってさ」

「ハローワーク……」

「お父さんに約束した期限まであと一年、本当に就職間に合うかな? 年金だってまだ結果が来ないし」

「……就職」


 小百合は立ち止まった。あかりも自然と立ち止まる。


「……あかりはすごいね、すごく頑張ってる」

「そんなことないよ〜、私はダメダメで、小百合とは違うよ」

「それこそ違うよ。私は……ギターを弾くのが精一杯で、就活なんてとても無理……」


 小百合は自信を失っているように見えた。あんなにギターを頑張っている小百合にそんなことはないと伝えたい。


「そんなことないって、小百合はすごいんだから……そうだ! 小百合もポラリスに来ない!?」


 小百合の視線が下に向いた。あかりは小百合とずっと一緒にいたくてペラペラと喋った。


「小百合ならポラリスの作業くらい簡単だよ! それにポラリスなら就活でもお金でるし、一緒に……!」

「いい加減にして!」


 小百合の目に怒りが宿る。そんな目を向けられるとは想像もしていなかったあかりは硬直した。小百合は堰を切ったように声を出した。


「私には無理なの、私はあかりみたいにできない。病院行ってキリンに行くだけで精一杯なの! 働くなんて怖いんだよ!」

「……そんなつもりじゃ」

「就活の話を聞くのももう嫌! 私だって焦るよ、このままじゃダメじゃないかって! でも……今の私にはこれが精一杯なの! 作業所なんて無理なの、今の私じゃ……」

「ご、ごめん……」

「あかりには分からない! 頑張れない私の気持ちなんて頑張ってるあかりには分かりっこない! ……もう連絡しないで! 私は作業所なんて行かない、ずっとキリンで里中さんにギターを習うんだ!」

「待って、小百合!」


 小百合は走り去ってしまった。あかりの頬に涙が溢れた。引きこもっていた時、自分の言っていたような励ましの言葉が一番嫌いだったことを思い出した。







 冬のアジールにて。遅刻したあかりはブルースとミドリが設営している姿を見た。


「ご、ごめん、遅れちゃって……うっ」

「別にもう終わったから大丈夫……ってアカリ、泣いてるの?」

「どうしたんですか?」


 涙目になったあかりにブルースとミドリが駆け寄る。小百合の言葉がまだ突き刺さっていた。


「実は……」


 小百合のことを話すとブルースとミドリは顔を見合わせた。そしてブルースは両手を腰に当てて軽い口調になった。


「なーんだ、アカリ。またやらかしちゃったんだね」

「ぶ、ブルースさん、言い過ぎですよ!」


 慌てたミドリが一歩出て嗜める。しかし、あかりはブルースのいつものちょっとキツい口調でかえって緊張がほぐれた。涙が出てしまい、ハンカチで拭うと椅子に座った。ミドリとブルースも椅子を持ってきて輪になる。


「……私、勘違いしてたんです。鬱になったって言ってもどこかで小百合を昔のなんでもできる子のままだって。だから私がしていることなんて小百合には簡単だって」

「アカリの卑屈さも原因かもね。アカリは自分を卑下してるから、自分にできることは他人でも簡単にできるって思うんだ」

「私、どうして小百合の気持ちが分からなかったんだろう。引きこもってる時、頑張れって言われるのが一番嫌いだった。お父さんも、お母さんもいい加減働けってドアの向こうから言ってきて無理だって思った。美希のどうしたの? って声も聞こうともしなかった……同じことを私は小百合にしてしまった」

「焦っちゃたんじゃない? 疲れるとそうなるよ。就活頑張りすぎてるんじゃない? お父さんの言った期限があって焦るのは分かる。でも、まだ一年あるって。結果を急ぎ過ぎて、友達の様子に気付かなかったんだと思うよ」

「ブルースさん……」


 ブルースの口調はキツイけど優しい。あかりの間違いを認めて、軽く話してくれている。


「まあ、やっちゃったことは仕方ない。これからどうする?」

「私は……小百合とこのまま離れるのはいやです」

「だ、大丈夫ですよ、アカリさん! ええと、その子の連絡先とか分かります?」


 ミドリは笑顔で現実的な提案をしてくれる。LINEならある。けれどあかりは何を言っても小百合を傷つけるのではと何も送れていない。


「きっと何か送ったら伝わりますよ……頑張れる時期っていつになるか自分でも分からなかったりしますよね。その人はアカリさんが就活の話をすることで今の自分が頑張れないと思って苦しかったのかもしれません」


 ブルースとミドリの声にぐちゃぐちゃした気持ちが解けていく。


「時間が必要だろうね。今は向こうも自己嫌悪してるかもしれない」

「病気の人同士って難しいですよね。同じ病気でも治っていく速度が違って、焦ったり、取り残された気持ちになったりします。就活で忙しくて会えなくなるなんてのも、そういうものの一環かもしれませんね」

「小百合、もう会えないのかな……?」


 ブルースとミドリは黙ってしまった。二人とも小百合のことは直接知らない。だから安易に大丈夫とは言えなかった。


「小百合と一緒だったから、キリンにも通えて次のステップに進むことができた。それなのにこんな形でお別れなんて、いやだ」

「いやなんですね? それならチャンスあると思います」


 ミドリはすっとあかりのスマートフォンを指差した。


「今思い切って、LINE送っちゃいましょう」

「でも、そんなことしたら余計に嫌われるんじゃ……」

「多少、嫌われることは覚悟です。最悪、ブロックも考えられますが……聞いた限りではきっとそこまではしないと思います。このままお別れなんていやだって、今言ったことを伝えれば何か伝わると思います」

「……ミドリさん」


 あかりはじっとミドリの目を見て、スマートフォンに目を落とした。確かに何をしても傷つけるようで何も連絡できなかった。


 しばらく考えて《本当にごめん。傷つけたいわけじゃなかった》《このまま終わりなんていやだよ》と書く。


「ど、どうかな?」


 メッセージを二人に見せる。二人が頷いたのであかりは思い切って送信ボタンを押すことができた。


 するとすぐ既読がついた。そして《あかりが悪いわけじゃない》《ただ今は一人にして》と返信がある。


「小百合、返信してくれた……よかった」

「よっしゃ、アカリ、大丈夫だったじゃないか」

「でも、一人にして欲しいって」

「時間が必要だってことですよ。アカリさんも昔そうだったんでしょう?」


 あかりは頷くとまたぽつと涙をこぼした。雪白の言った通り、安心した時にも涙は出るのだ。


(ブルースさん、ミドリさん、ありがとう。アジールがあってよかった)


それぞれのペースがあるのですが、目に見えないのでなかなかうまくいきません


感想・ご意見など気軽にお寄せください。

次回は「あかりの就活」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。


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― 新着の感想 ―
頑張れる時期って、ほんとに人それぞれですね、 ってことは、待っていれば頑張れる時期はやってくるのかもしれませんね。 時間って、すごい。きっと小百合さんも大丈夫。
お疲れさまです! 人それぞれのペースで良い、それに気づくのには時間がかかりますよね。 そして、自分ができることでも相手ができるとは限らない…… 大丈夫か、あかりちゃん。無理せず……時間が解決してくれ…
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