40.サードプレイスに行ってみよう
今回のお話は「別の自助グループ」について。
同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。
翌週の日曜日、あかりは神戸駅で雪白を待っていた。神戸駅にはしまむらに来る目的で来たことがあるが他はあまりいかないのでキョロキョロしてしまう。
「お待たせ〜」
「雪白さん、こ、こんにちは」
まさか雪白と出かける日が来ると思わず噛んでしまう。
雪白は時間に少し遅れてやってきた。アジールではいつも黒いワンピースにショールを着ているが、今日は白いブラウスにカーキ色のズボンをはいている。花柄の杖だけがいつもと同じだった。
あかりは最近は部屋着のスウェットは外には着て出かけず、美希の買ってくれたようなシャツと黒いズボンを履いていた。ようやく最近は部屋着と外着を区別するようになった。
実はちょっとだけ化粧をしている。もっともフェイスパウダーをつけて口紅をつけるだけの薄いものだが、ブルースの紹介してくれた動画で化粧の順番くらいは分かった。
雪白が歩き始めるのであかりも着いていく。こうして歩いていると雪白の足が遅いことが分かる。彼女は杖をついている老人なのだ。
「それでどこへ行くんですか?」
あかりはその事実から目を逸らすように話しかけた。今日の行き先は聞いていない。雪白は不思議そうに振り返った。
「あら? 私ったらLINEで言ったつもりだったのに。年取るといやあねえ……この前話したでしょ? 休み方を教えるって」
「はい、休み方ですよね……?」
そうは言われてもあかりはよく分からない。休む方法など家で寝ていればそれでいいのではないだろうか。あの日もそれ以上詳しく掘り下げなかった。
「今日行くのは自助グループよ。もちろん、発達障害のね。……アカリさんに、知って欲しいの。アジール以外にも自助グループはたくさんあるって」
雪白が連れて行ってくれたのは神戸の福祉センターという場所の三階だった。湊川神社の隣を通って歩いた。
「雪白さん? まさかうちに来てくれるとはね」
「ゲンさん、お久しぶり。もしかしたら十年ぶりかしら?」
雪白の姿を見るとか頑固な印象の初老の男性が話かけてきた。あかりはキョロキョロと周囲を伺った。確かにアジールに似ている。学校の教室ほどの部屋で椅子と机が並んでいる。
「あはは、それくらい経ったかもしれんですなあ。なにせ私も還暦を迎えましたから。雪白さんの自助グループ研修が懐かしいですわ」
「あら、還暦なんてまだ若いわよ。私はもう喜寿が見えてきたんだから……と、アカリさん、いきなり話してごめんなさいね」
「い、いえ、私は……」
「おや、誰か連れてきたんですか? 話こんですまないね。受付は俺がやってるから、どうぞどうぞ」
「は、はい……」
受付はいつも自分の仕事なのになんだか不思議な気分だ。アジールと同じように五百円を払って、ニックネームを書く名前シールを書く。
「ようこそ、「サードプレイス」へ」
「ゲンさん」が笑う。名前シールを見るとゲンタと書いてある。サードプレイスというのがこの自助グループの名前らしい。
あかりは会場に用意された飲み物を取りに行って、会場の椅子に座った。四つほど島があり、他の席には人がいるがあかりの島には誰もいない。
雪白の方を見るとまださっきのゲンタという人と話し込んでいた。十年ぶりと言っていたから話が尽きないのかもしれない。
そのままサードプレイスは始まった。ゲンタが主導で自己紹介をして、自由時間になる。雪白はまだゲンタと話していたのであかりは迷った。向こうへ行くべきだろうか?
「ここ、いいですか?」
話しかけてきたのは若い女性だった。俗にいうゴスロリの服を着て全身真っ黒だ。黒いレースが何段にもなった膝丈スカートを履いて、真っ黒なタイツを履いている。
名前シールを見ると「ナツミ」と書いてあった。
「ど、どうも、こんにちは、アカリです」
「ナツミです。キョロキョロしてたけど自助グループって初めてですか?」
「え? ううん、初めてじゃないよ。ただずっとアジールっていうグループにしか通ってなかったから」
「アジール? 初めて聞いた。と言っても私もサードプレイス以外行ったことないんですけど……その、初めてなら私は二年もここに通ってるから何か話ができないかなって」
ナツミは少し照れたように紙コップの烏龍茶を飲んだ。
「ありがとう。ここは初めてだけど、アジールとよく似てるから大丈夫」
「自己紹介の時に話してたけど、作業所に通ってるんですね。私もそうだからなんか覚えてた」
「あなたも?」
そこから話が盛り上がった。二人はお互いの作業所の作業内容や通い続けるしんどさについて語った。
「やっぱり朝から通うってしんどいですよね!」
「わかる! なんか夜更かしちゃってそもそも起きれない!」
「頑張って毎日行くだけでバテちゃって」
「だよね〜! 発達障害ってすぐ疲れる!」
早口で弾丸トークが進んでいく。内容があるようなないような、そんな勢いだけの会話がなぜか楽しい。そんなアジールだけでしか話せないと思っていた会話が初めての場所でできた。
(あれ? 私、話せてる? アジールじゃないのに?)
ふと我に帰り不思議になる。するとナツミも不意に静かになる。
「……私、学校卒業してからバイトしかしてなくて、親に怒られた。なんのために大学にやったんだって……でもバイトでも失敗続きで鬱になった。それから発達障害だって診断されて、作業所に行き始めた。同級生で作業所行ってるのきっと私だけだよ……でもそれも毎日行くのはしんどくて週三日しか行けなくてさ……私ずっとこのままなのかな」
濃い化粧で分からなかったが今の表情でナツミはまだとても若いことが分かった。
「親は発達障害のこと言ってから、なんかそのこと一切触れなくてさ」
「……分かるよ。私の親なんて発達障害なんてただの怠け者だって言ってる。障害者なんて家族に欲しくないって」
「ええ〜? うちより酷いじゃん。でも、ここ来てる人ってそういう人多い。テレビには出ないけどさ、親が否定的な発達障害の人って結構いるよ。なんでだろうね……助けて欲しいんだけどな」
「……うん」
ナツミはあかりをじっと見た。
「でも私はサードプレイスがあるから平気なんだ。最初は医者に勧められただけだったけどゲンさんに会えて人生が変わった。大袈裟じゃなく変わったんだ。信じる?」
「信じるよ、私も同じようなものだから」
「ゲンさんには色んなことを教わった。発達障害や福祉のこと、何より私だけが悪くないってことを教えてくれた。私はそれが本当に嬉しかった。通ううちに一人じゃないって思えたらすぐになんとかならなくていいじゃんって思えた」
「うん、うん……そうだよね」
「あはは、アカリさん、聞き上手〜……私はくじ引きに当たったようなものだと思ってる。あの日、たまたま来て、自分が悪くないって思えた。全部、ゲンさんのお陰。本人にそういうとなんか複雑な顔されてムカつくんだけどさ」
「……分かるよ」
あかりとナツミはそれからも一時間以上話し続けた。サードプレイスの力は不思議であかりは雪白が気になったのは最初だけで、あとは他の参加者と夢中で話し続けた。
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次回は「雪白との会話」を書く予定です。ぜひまたお立ち寄りください。
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