37.それでも仲間がいる
今回のお話は「家族は選べない、それでも」について。
同じような悩みを抱えた方にも、少しでも届けばと思っています。
「障害者の施設で働いてる!? あかり、あんたなんてことを!」
あかりは母のあまりの声量に耳を塞いだ。あかり、美希、父、母は二十年ぶりにリビングに集まって話をすることになった。父の発案だった。
「あかり、弓子に色々いつまでも黙っているつもりだ。かえって面倒だぞ」
というのが父の言葉だった。そしてあかりの状況を全て話すと案の定、母は逆上した。ヒステリックな声があかりとしてはかなり辛い。
「恥ずかしい! 近所の人がなんて思うか! あなたも何か言ってやってください!」
「そんなことを言われてもな。実際に医者から発達障害の診断を受けているんだろう? 障害者なのは事実だ」
「発達障害なんて怠け者をそう呼んでいるだけです! 鬱病なんて……それこそ怠けているだけです! だからそんな就労施設だなんてやめなさい!」
「弓子、お前の声こそ近所に響くぞ」
父がそう告げると母はハッと声のトーンを落とした。
あかりは父に可能ならポラリスに行かせてほしいと頼んでいた。小遣いの一万円は無しでいいから、利用料のことは少しだけ待ってほしい。そういうと医者に行っているのに小遣い無しではいつまでも出ていけないだろうと五千円の小遣いが続くことになった。
「あかり、なんでまともに働こうとしないの……なんで普通のことができないの!?」
「お母さん、私は今ポラリスが必要なの」
「ふざけないで! そんな場所すぐ辞めなさい!」
「弓子、いい加減にしろ」
父が告げると母は信じられないと見返した。
「あかりは二年以内に出ていくと約束した。俺は一旦それを信じる。ポラリスとやらは金がかかるが、引き出し屋の出費よりはマシだ。一年だけだがな。あかりが自分から出て行こうとしているならそれが俺たちにとって一番利益になる」
「あなた! あかりは普通の子なんですよ! どうしてそんな障害者であるみたいなことを言うなんて……!」
「弓子! もう決めた。お前は口を出すな」
母は納得していなかったが、そこは古風な性質のせいか、夫の言うことには一旦従った。
翌月のアジールにて。
「というわけで、作戦一号がうまくいきました!」
「よかったわ〜」
あかりは雪白に作戦の成功を報告していた。正直、たくさんの作戦の中でこれは成功しないのではと思っていた作戦だったのであかりも驚いていた。
「引き出し屋はかなり高額だからね。お父さんだってそれだけの費用を払うのは抵抗があると思ったの。あとはあかりさんの自立を信じてもらえるかだったわ」
「お父さんと話している時には心臓が止まるかと思いました」
「本当に心配したんだから、アカリ」
ブルースは本当に心配していたらしく二ヶ月連続でアジールに来ていた。LINEでは話していたのだがこうして顔を見に来てくれたことがあかりは嬉しかった。
「ありがとう、ブルースさん。お父さんは私が出ていくための味方にはなってくれるみたいでお母さんも今は従ってくれました。これで郵便物をコソコソ取りに行かなくてすみます」
「自立支援医療もそうだけど、障害を持ってると郵便物が多いからね。家族に隠さなくて済むならよかった」
「里中さんにも話して、今度は制度をうまく使えるように相談支援を受けることにしました。だから生活保護になってももう大丈夫ですよ」
「どっちでもいいよ、私にとっては」
本当にどっちでもいいのだろう。生活保護でも、そうでなくてもどっちでもいい。友達とはそういうものなのだろう。
「ブルースさんたら、どっちでもいいはないでしょう。私には一大事なんですよ」
「私にとってはアカリが元気ならなんでもいいよ」
「もう……家族ってなんなんでしょうね。父はこの取引を受け入れたけれど、発達障害のことは性格のせいくらいにしか思っていないようです。母は相変わらず。美希だけ私を労るように優しくて、家族ってこんな感じなんでしょうか? 家族ってもっと助け合って想いあうのが正しいはずで……うちの家族はおかしいんでしょうか?」
ブルースは安心したのか飄々と笑った。
「さあね。私は親とは絶縁したようなものだし……家族ってこの世界の一番の理不尽だよね。信じられないくらい子供を愛する親もいれば、信じられない虐待をする親もいる。家族の形こそ世界中でバラバラだよ。助け合って想い合うってのはあくまで理想の形にすぎないと思う。現実とは違う。私たちの親よりひどい親もいれば、とてもいい親もいる。こればっかりは選べない、それが家族だよ」
ブルースの親もおそらく優しい親ではないのだろう。もしかするとあかりの親よりも過酷なのかもしれない。それでもすがるように言葉が溢れる。
「それでも……それでも、本当は私も発達障害のことを受け入れてくれる親が欲しかったです」
そう言ってもブルースは否定しなかった。
話していると時間がきてアジールの受付が始まった。
するといち早く来た女性が真っ先に受付にやってきた。お金を払うと雪白の方を向く。
「初めまして、雪白さん! 私、雪白さんのファンなんです。本は全部持ってます。こうしてお会いできるなんて本当に嬉しい!」
「あらあら」
笑う雪白に満面の笑みを浮かべながらその女性は名前シールに「ミドリ」と書いた。
初めてくる顔だ。三十前後ほどの若い女性で顔も結構可愛い。小柄で白い手足がほっそりとしている。白いブラウスに緑のフレアスカートを着て、長い髪を高い位置でポニーテールにしていた。
「こんにちは、ミドリです。ずっとアジールに通うつもりなので仲良くしていただければと思います!」
「ど、どうも」
ニコッと握手の手をあかりに差し出して笑うミドリ。彼女が新しい悩みの種になることをまだあかりは知る由もない。
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